第2話 ひとは私を氷薔薇姫と呼ぶ
ネーヴェは、北部の伯爵クラヴィーナ家の一人娘だ。
その白磁の肌は白雪のごとく汚れを知らず、流水のように滑らかな銀髪は、陽光を受けてもなお冷たい輝きを放つ。歪みなく整った鼻梁は、笑みの形を描くことはめったになく、宝石のような
華美さのまるで無い灰色のドレスに身を包んでいようとも、仕草に気品が溢れ、花のような瑞々しさを損なうことはない。清楚さと威厳を兼ね備えた、雪の花。
氷薔薇姫。
ひとは、ネーヴェのことを、そう呼ぶ。
「ミヤビを虐めたのは、本当に君か、ネーヴェ」
王子エミリオに聞かれ、ネーヴェは首肯した。
「ええ、そうですわ。彼女に国を救うことなどできません。早く国を出て行ってもらう方が、よろしいかと思いましたので」
王子の影に隠れて震えている少女、聖女ミヤビを見ながら、淡々と言う。
「ミヤビの側近を、勝手に追い出したそうだな」
「私腹を肥やしていたので」
聖女に付けられた側近は、魔術師の息のかかった者ばかりで、聖女をちやほや持ち上げ、必要以上に贅沢な飲食を供していた。
国民は飢えているのに、聖女は三食昼寝付きの生活を堪能していたのだ。
しかし、聖女は裕福な世界から来たらしく、自分がどれほど豊かな生活をしているか気付いていなかった。
ネーヴェの介入で貧しい生活になった聖女は、虐められていると勘違いしたようだ。
「先日は、自分の家の領地だからと、農村をお前の一存で水に沈めたそうだな」
「……」
「ミヤビを見ろ。心優しい彼女は、見ず知らずの彼らのために涙を流せる。お前はどうだ?」
虫の魔物が広がらないように、その一帯を水没させることで、被害を最小限に食い止めた。住民には前もって通達し、移住を支援、伯爵家の名前で仕事を用意した。移住先で今まで通り生活を送ることができ、民はネーヴェに感謝していた。
すべての人を救うことはできない。
権力者は、選ばなければならない。誰を殺し、誰を救うかを。
自分の手を汚す覚悟のないものは、誰も救えない。
だが、それをこの目の前の、お優しい王子と聖女さまに伝えたところで、何になるだろう。
「ミヤビに国が救えないと言ったな。お前にできるのか?!」
黙したネーヴェを、一方的に責め立てるエミリオ。
華々しい夜会は、緊張感に満ちた修羅場に様変わりしている。
ネーヴェは、急にどっと疲労感を覚えた。
冷血な女だと、そう言われることは今更だ。お前の厳しさが国に必要だと、そう言ってくれたこともあったのに、今のエミリオときたらがっかりだ。出会ったばかりの聖女様と、幼い頃からの婚約者、どちらを大事にすべきか、明らかだろうに。
ずっと、自分なりに努力し、国に一生を捧げる覚悟で生きてきた。
それが無駄だったと、思い知らされた気分だった。
「異国の少女に国を救うという大事業を放り投げているお方に、言われたくはないですね」
とうとう言ってしまった。
神頼みが悪いとは言わない。だが、それは努力した上での後押しであるべきだ。
解決を外部の魔術師に丸投げしているこの国の現状に、ネーヴェは危機感を持っていた。
「ネーヴェ!!」
エミリオの怒りに満ちた叫び。
頭に血が上ってしまっている。これでは駄目だと、ネーヴェは苦い気持ちを嚙み締めた。
「……失礼いたしますわ」
逃げるように、夜会を後にする。
ネーヴェは国の危機にたいして為す術もない自分自身に、腹が立って仕方なかった。
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