第38話 石の世界

「うわ、凄い光景ね」


 新しい異世界にやって来て、最初に目にした光景に私は思わず驚きの声をあげる。

 小高い丘から見下ろす平野には数え切れないほどたくさんの人間の石像が並んでいた。

 それらは少し離れたここから見ても精巧な作りをしていることが分かる。一体ごとに体つきも顔つきも違っていて、まるで生きた人間をそのまま石にしたかのようだった。


「確かに凄い光景です。いったい、何体の石像があるのでしょうか……」


 ヨハクも私と同じような驚きの声を上げる。


「もう少し近づいて見てみましょうか」


「そうね、ここからだと遠くて詳しくは見えないもの」


 二人で丘を降りて石像の一体に近づく。

 遠くから見ても分かっていた事だが、ほとんど等身大の大きさの石像が、台座などはなしで地面に直接立っていた。


「本当に人間みたいね」


「まぁ、本物の人間みたいですからね」


 私がポツリと漏らした感想にヨハクがとんでもない事実を付け足す。


「えっ、この石像はやっぱり人間なの!?」


「人間とは言っても生きてはいないようですがね。死体に魔法などで特殊な加工をして石のように固めたもののようです」


 私からすれば衝撃の事実を、なんでも無いことのようにヨハクは告げる。


「そんなことよく分かるわね」


「魔法を使った痕跡がありますからね。あなたも解析してみれば分かると思いますよ?」


 言われてから、目の前の石像を魔力を使って解析してみる。なるほど、確かにはるか昔に魔法によって固められた死体のようだった。


「でも、なんのために死体を石化しているのかしら?」


 服ごと石化しているため、別に辱めるのが目的では無さそうだが。


「生きた人間だはなく、死体をわざわざ石化しているあたり、そういう弔い方なのかもしれませんね。とりあえず現地の人を探してみましょうか」


 生きた人を探すために石像の間を歩き出す。石像達は等間隔で並んでいるが、物によっては手や足を前に出していたりして、避けるのが中々に大変だった。


「死体だと分かってからこうして間を歩くのは、なんだか怖いわね」


 石像によっては、死の間際に苦しんだのか苦悶の表情を浮かべている物もある。そう言う石像を見つけてしまうと、なんとも言えない申し訳ない気分になった。


「確かに、亡くなっていると分かっていても今にも動き出しそうですからね」


 そう返すヨハクの顔は余裕そのものだった。


「とは言え、実際に動くことはないでしょうからそんなに怖がらなくても」


「それはわかっているけど……」


 こういうものは理屈では無いのだ。頭では恐れる必要がないと分かっていても、それでも恐怖を覚えるから心というものは難しい。

 そんな事を思いながら歩くこと数分、遠くの方に動く影が見えた。


「おや、生きている人のようですね」


「よかった、生きてる人もいるのね。てっきりこの世界の人類は全滅してるかも、とかよぎり始めてたところだったわ」


 早速その影に近づいて話しかける事にした。


「こんにちは」


「おや、こんにちは。珍しいね、こんなところで人に会うとは」


 そう言って返事をしてくれたのは、確かに生きた人間である老人だった。


「僕たちは旅のものでして、この石像の数に圧倒されていたんですが、これは一体……?」


「うむ、これらの石像は全て千年以上前の人間でな。今ではほとんどしないが、当時は石葬せきそうが一般的じゃったんじゃ」


「石葬とは?」


「見ての通りじゃよ。死体を魔法で石化して並べる、いわば自分自身を墓標にする訳じゃな」


 やはり、これらの石像は全てが元は人間だったらしい。


「それを、何故最近では行わないのですか?」


「ははっ、簡単な話じゃよ。土地がなくてな」


 おじいさんが周囲をぐるりと見渡す。全方向に石像がどこまでも並べられており、確かにこんな事を続けていたら土地などいくらあっても足りないのだろう。


「流石に、元々あった人々の石像まで撤去しようと言う不心得者こそおらんが、石像で土地が圧迫されているのは問題になっていてな」


 おじいさんが悲しそうに呟く。


「ワシらの一族は墓守のような事をやっておるが、それが途絶えたらどうなるか……」


 流石に土地の問題はなんとも出来ないので、私は黙ることしかできない。


「ちなみに、墓守とはどんなことを?」


「石像を毎日少しずつ拭いたり整備しているんじゃよ。一周するのに一年以上かかるがな」


 さぁ、今日も続きをやらねば。そう言って、老人は石像を磨き始めた。


「ありがとうございました。行きましょうか、クローズ」


「えぇ……」


 私は、それをなんとも言えない気分で見守ってから、立ち去るのだった。

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