第37話 駅の世界

 荒野の真ん中にポツンと駅があった。

 そこから伸びる線路は地平線の向こうまで続いているが、列車が来る様子は見えない。


「廃駅なのかしら?」


「その割には綺麗ですし、最近人の手が入った様子もあります。おそらく生きている路線かと」


 駅の様子を観察しながらヨハクが答える。


「こんな荒野の真ん中にある駅なんて、一体誰が使うのかしらね」


 周囲には何もない。ここで降りても何もすることはないだろうし、わざわざここから列車に乗る人もいないだろう。


「それなら、どんな列車が来るのか実際に待ってみて確認してみますか?」


 時間なら余裕がありますから。とヨハクは続ける。


「そうね、こんな駅に来る列車には興味があるわ。待ってみましょう」


 そう言うわけで、二人で駅のベンチに座って列車を待つ事にした。


「中々来ないわね」


 地平線の向こう、線路の続く先を見つめながらこぼす。

 見通しだけはどこまでも良いので、列車が来ればすぐにでも分かるだろう。


「時刻表もありませんし、いつ来るのかは分かりませんね」


「いつ来るのか分からない物を待ち続けるのは中々に疲れるわね……これで、一日一本しか来なくてその一本もすでに来た後だったらどうする?」


 その場合は、最悪明日までずっと待ち続ける事になるのだろうか。


「むしろ、一日一本あれば良い方なのでは?数日に一本とかの可能性もありますから」


「うわぁ、その可能性もありえるのが嫌ね……」


 私の想定した最悪はまだまだ甘いと突きつけられて流石に辟易する。

 一日ならなんとか耐えられる自信があるが、流石に数日もの間ずっと待ち続けるのは飽きない自信がない。


「どうしましょう。早くも後悔して来たわ」


「まぁ、運が良ければすぐに来るかもしれませんから。本でも読んで待ちますか?」


 ヨハクは収納魔法で仕舞っている本を何冊か取り出す。そういえば、本を集めるのが趣味だといつだったかに言っていた覚えがある。


「そうね、それじゃあお言葉に甘えて何冊かお借りするわ」


 そうしてその日は、三冊の本を読破した所で夜になり、暗くて本が読めなくなったのでベンチに横になってヨハクと二人で眠ったのだった。

 そうして、夜が明けて翌日。


「意外とベンチって寝心地が良いのね」


 てっきり寝つきが悪いと思っていたのに、想定よりもグッスリ眠れて、なんだか逆に腑に落ちない中で目覚める。


「荒野なのに、夜でも暖かかったですからね。とても寝やすかったです」


 先に起きていたヨハクが朝ご飯の準備をしている。今日はパンとスープの簡素な食事のようだが、こんな場所では贅沢も言っていられない。


「それで、今日も列車を待つの?」


 温かいスープを味わいながら尋ねる。


「そうですね、今日一日だけ待ってみましょう。それでも来なかったら、近場の街まで移動して話を聞いてみる事にします」


「分かったわ」


 今日一日くらいならば、また本でも読んでいれば待つことも出来るだろう。

 食事を終えると、昨日と同じように二人で並んでベンチに座り、列車が来るのを待った。

 それから数時間後、何冊かの本を読み終えてから、ふと顔を上げると地平線の向こうから線路の上を走る何かの影が見えた。


「ねぇ、ヨハク。あれはもしかして」


「えぇ、ついに来たようですね列車が」


 その列車は結構な速度で走ってくると、私達の目の前で止まった。


「いやぁ、この駅に人がいるとは珍しい。何年振りかな」


 列車に乗り込むと、車掌さんはそう言って私達を歓迎してくれた。

 話によると、この路線は環状線で一日かけてグルッと一周するらしい。

 どうやら私が最初に言った通り、一日一本という予想が正しかったようだ。


「それでは、次の駅までごゆっくり」


 車掌さんはそれだけ言うと列車の中をのんびりと歩いて行ってしまった。

 仕事中だろうから、それを追いかけてまで話を聞くのは気が引けたので席に座って見送る。


「どうしようかしら。路線が生きているのは確認できたけど、結局あんな場所に駅があった理由は謎のままね」


「そうですね。ここは次の駅で降りて、そこにいる人に聞いてみる事にしましょうか」


 という事で、列車に揺られること一時間ほど。意外と早く次の駅に着いた。


「ご乗車、ありがとうございましたー」


 車掌さんに見送られて列車を降りる。どうやらこの駅は、そこそこ大きな街の中にあるようで結構な人で賑わっていた。


「ここでなら、いくらでも聞き込みができそうですね」


「そうね、それじゃあ早速調べてみましょうか」


 という事で数人に話を聞いてみたところ、あっさりと話は解決した。


「なるほど、開発の途中で廃棄された駅ですか」


 街の人たちの話によると、二つの大きな街を繋ぐ線路のちょうど真ん中にあの荒野の駅はあるらしく、だだっ広い荒野をそのまま放置しておくのも惜しいからと数十年前に開発計画が建てられたらしい。

 駅を作ってその周辺に街を新たに作る予定だったそうだが、途中で計画が頓挫。駅だけがその名残として残っているのだそうだ。


「……なんか、調べてみたらそんなに大した話でも無かったわね」


「まぁ、実際はそんなもんですよ。でも、あの荒野の駅で列車を待っている間のワクワク感は楽しかったでしょう?」


 確かに、文句も言ったがなんだかんだ列車を待っている間は楽しかった。


「そうね、少しだけね」


「時間だけはある旅行ですからね、それで良いんですよ。たまにはこうしてなんでもない事も楽しみましょう」


 なんだか良い話風にまとめられた。


「仕方ないから、今回はそう言う事にしといてあげるわ」


 つくづく私も甘いな、と思いながらヨハクの言葉に肯定してあげるのだった。

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超越者の異世界旅行 芳乃 玖志 @yoshinokushi

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