第36話 甘い世界
私はこう見えても甘い物が好きだ。
過去にはケーキをホールで食べたいとか、バケツみたいな大きさのプリンを食べてみたいとか、お菓子の家に住んでみたいとか考えたことはある。
でも、それらを実行したことはなかった。お菓子は美味しいけれど、カロリーという大敵も着いてくるからだ。
いつの日か、カロリーなんて気にせずに甘い物をお腹いっぱいになるまで食べたい。そんな叶わぬ夢を抱いたりもしていた。
「それが、まさか本当に叶う時が来るなんてね」
感慨深く思いながら、目の前に並べられた皿を見やる。
ケーキにマドレーヌ、プリンにマシュマロ、他にも見たことのない美味しそうな焼き菓子やクリームの乗った菓子など。
色とりどりのお菓子が並べられていた。
「この世界ではどうやら甘いお菓子が主食の様ですね。味は確かに甘いのに栄養素はきちんと取れるのはどういうカラクリなのでしょうか」
「何でも良いわ。普段のご飯の代わりにお菓子が食べられて、しかもカロリー抑え目なんて夢のようだわ」
ソワソワしながら私は目の前のお菓子に目をやる。
それを見たヨハクは小さく笑うと手を合わせた。
「原理など後から考えれば良いですね。今はこのお菓子を食べてしまいましょうか。いただきます」
「いただきます」
ヨハクに続いて食事前の挨拶をすると、早速テーブル中央に置かれていたケーキを皿に取って一口食べる。
……甘くて美味しい。柔らかなクリームと、しっとりしたスポンジが見事に調和して互いの味を損なう事なく高め合っている。
ケーキを食べ終わると、次はクッキーを皿に取る。
これも美味しい、味はプレーンで小麦粉の他には砂糖くらいしか味付けに使われていないようなシンプルな作りだったが、だからこそ素材の味がしっかり感じられて素晴らしい味わいだった。
そこからはもう一心不乱に様々なお菓子を食べ続けた。どれもこれも甘くて美味しい。
気がつけば、大量にあったはずの目の前の皿の料理は一つ残らず食べ尽くしてしまった。
「くすっ、そんなに気に入ったのでしたらお代わりを頼みましょうか?」
気がつくと、隣のヨハクは完全に手を止めて私の食べっぷりを眺めていた。
「い、いいわ。普通のお菓子より少ないとは言っても食べ過ぎは良くないでしょうから」
それがなんだか恥ずかしくなって、私はそれ以上食べるのを遠慮する。
なに、どうせ数日はこの世界にいるのだ。まだまだ食べる機会はたくさんあるだろう。
――――――――
それから数日間、料理代わりのお菓子をたくさん食べた。
ケーキをホールで食べた日もあったし、バケツみたいな大きさのプリンも食べた。流石にお菓子の家は無かったが、それでも大満足だった。
「はぁ、もうこの世界に永住しても良いかも……」
「随分とこの世界が気に入ったんですね」
ヨハクが、何故か嬉しそうに微笑みながら言う。
「そうね、今まで巡って来た世界では一番よ。観光ならば素敵な景色も良いけれど、やっぱり住むなら食事が美味しいところにしないと」
「それでは、いっそ本当にこの世界で暮らしますか?」
ヨハクの微笑みは変わらない。
「……その場合、アンタはどうするの?」
「僕は別の世界に行きますよ。ここは僕の永住の地には相応しく無いので」
「そっ、なら答えは決まってるわ。例えどれだけ名残り惜しくても私はアンタに着いていく」
「……良いんですか?」
そう問う間もヨハクの微笑みは変わらない。
「良いに決まってるでしょう。私はアンタが旅を終えるまでずっと一緒だって誓って付き合う事にしたんだから。ご飯が美味しいから、なんて理由でその誓いを破ってたら笑い話にもならないわ」
「そう、ですか。ありがとうございます」
「ふふっ、礼を言われる事じゃないわ。だから、まかり間違っても私を置いて一人で別の世界に行こうとか考えるんじゃないわよ」
私のその言葉を聞いて、初めてヨハクの微笑みが崩れる。鳩が豆鉄砲を食ったような顔とはこの事だろう。
「……そんな事、考えてもいませんでしたよ」
「本当かしら?怪しいものね」
そう言いつつも、私はそれ以上追求はしない。彼が本気で私を置いていく気になった時は、私にどうこう出来ない事は知っているから。
「まぁ、仮に置いていくとしてもこの世界には置いていきませんよ。多分、あなたが後悔しますから」
「あら、私が何を後悔するのかしら?」
「単純な話です、あなたはこの数日でこの世界に来る前より三キロほど体重が増えていますから」
その宣言を聞いた時、自分がどんな顔をしたのかは私にも分からない。
ただ、足元が音を立てて崩れていくような感覚がしたのは確かだ。
「……えっ、だってこの世界のお菓子はカロリーが少ないって」
「確かに他の世界と比べると普通の料理並みには少なくなっています。でも逆に言えば普通の料理並みにはカロリーがあるんですよ。それを毎日あれだけ食べればどうなるか、自明だと思われますが」
「あっ……あっ……!」
そうだ、カロリーがゼロの魔法のお菓子ではない、普通の食事代わりに出来るお菓子なのだ。
ならば、普通の料理同様食べ過ぎれば太る!それを見逃していた。
「えっ、というかアンタ私の体重が増えた事なんで分かるの?」
「いえ。人の体重くらいならばよほど逸脱していなければ見ればわかりますが」
そんな当たり前のように言わないで欲しい!
「た、たしかにこの世界にずっといたら私は後悔してたわね……」
これからしばらくは節制しよう、あと運動もしよう。
私は新たな誓いを胸にするのだった。
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