第39話 描く世界

 巨大な絵が街の中心にあった。

 そこに描かれた城も当然とても大きくて、かつ見事なまでに精巧だったため最初は本当の城だと思ったほどだ。


「建物よりも大きな絵って凄いわね。あれ、誰がどうやって描いたのかしら」


 私は感嘆の声をもらす。ここまで大きな絵を見たのは初めてのことだった。


「僕にも想像が着きませんね、一体どんな画家がどうやって描いたのやら……」


 ヨハクも驚いているようだった。流石にここまで規格外の大きさの絵は彼も見たことがないのだろう。


「街の人に聞いてみましょうか。きっと知っているはずです」


「そうね、流石にここまで目立つ絵の事なら何かは知っているでしょう」


 まずは情報収集のため、二人で酒場に向かう事にした。


「あぁ、あの城の絵かい?あれは街では『一夜城』と呼ばれているよ」


 軽食を注文して、そのまま酒場のマスターに絵のことを尋ねるのそんな答えが返ってきた。


「『一夜城』?まるで一晩で描かれたような名前ですね」


「さすがに描かれたのは別の場所だろうが、あの絵はある日突然現れたんだよ。前日まで何もなかった場所にね。誰が何の目的で持って来たのかは知らないが、迷惑な話だ」


「あんなに素晴らしい絵の何が迷惑なのかしら?」


「そりゃ、確かに素晴らしい絵だとは思うよ。でも日の光は遮られるし風もこない。大きすぎて動かすことも出来ないからあの周辺に新しい建物も建てられない。恩恵と言えば、あんたたちみたいにたまに観光客が来ることくらいだ。住んでる身としては迷惑で仕方ないね」


 マスターは心底迷惑そうに言う。

 観光に来た身としては素晴らしい作品だが、どうやら実際に住んでいる人には不評のようだ。


「それならいっそ、解体工事とかはしないんですか?」


「何度か計画は持ち上がったんだが、あの大きさだ。下手な解体をすれば倒壊して周囲の建物にも影響が出る。あそこまで巨大なものを解体するノウハウがないんだよ」


 なにより、とマスターは続ける。


「誰が、なんの目的で持って来た絵なのか誰にも分からないからな。しかもそんなもんが一夜で現れたから、信心深い老人とかは神の奇跡だとか言って下手に移動させたり、ましてや壊すなんてとんでもないと工事に反対してくるんだよ」


 だから余計に撤去が難しくてな。とマスターは語ってくれた。

 その後、軽食を食べ終わってからマスターに礼を言って二人で店を出た。


「このあとはどうするの?」


 聞かなくても答えは分かっていたが、確認のためヨハクに問いかけた。


「もちろん、あの絵を近くに見に行きます。間近で見れば何か分かるかもしれませんからね」


「そうね、それじゃあ行きましょうか」


 街の中心にある絵の下に向かう。その大きさから見失うことはないので簡単に絵の麓にたどり着けると思っていたのだが。


「け、結構遠いわね」


 絵が大きすぎるせいで遠近感が狂い、近づいているのかどうかも分かりにくかった。

 それでも街の中を歩き続けて、ようやくたどり着いた時にはすでに日が傾き始めていた。


「これは、もはや異様ですね」


 下から絵を見上げる。この大きさなので近づいたら流石になんなのか分からなくなると思っていたのだが、細かいところまで緻密に描かれたその絵は間近で見ても城の一部だとすぐに分かった。

 むしろ、額の端が見えなくなる分、絵だというのが分かりにくくなって余計に本物に見えさえする。


「本当にすごいわねこれ……この大きさなのにここまで細かいところまで丁寧に描けるものなのね」


 私はひたすらに感心する。


「えぇ、確かに素晴らしい芸術品です。ですが、酒場のマスターの仰っていたことも分かりますね。街中に置くには、これは大きすぎる」


 言って、ヨハクは左右に目を走らせる。

 私も同じように左右を見渡す。絵のはずだと言うのに端が見えないほどに大きかった。

 傾き出した日は、絵の正面から指しているからこの辺りは影響が少ないが、これが絵の反対側では日が遮られて暗くなっていることだろう。


「こんなに素晴らしいのに、街には迷惑になっているのがもったいないわね」


「そうですよね……いっそ、持っていってしまいましょうか」


 ヨハクに凄い提案をされた。


「アンタ、簡単に言うけれどこんなもの持っていけるの?」


「えぇ、収納魔法で使う異空間の容量的には余裕で入りますし、一瞬で持っていけますよ」


 この超越者はあっさりと答える。

 たまに忘れそうになるが、目の前の存在は普通の人間の尺度では測りきれない存在なのだった。


「……まぁ、持っていけると言うのならそれを疑いはしないけど、辞めておきましょうか」


 私は答える。


「確かに困ってる人は多いのでしょうけど、それでも誰かの折角描いた絵だもの。誰にでも見えるこの場所に置いておいてあげましょう……そもそも勝手に持っていったら泥棒だしね」


「ふふっ、それはそうですね。では、辞めておくとしましょうか」


 ヨハクは、もう一度絵を見上げると踵を返す。


「そろそろ、今夜の宿を探しましょう。絵が見れる窓がある部屋が空いてると良いのですが」


「そうね、野宿はごめんだわ」


 私も同じように絵を一度見上げると、彼の後を追って宿を探し始めるのだった。

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