第34話 嵐の世界

「もうこの世界に来てから三日も経つのに、まだ雨が止まないわね」


 宿屋の一室にて、窓の外を眺めながら私は愚痴をこぼす。

 雨が続いているせいで外にも出れず、観光も出来なくて暇なのだ。


「嵐が近づいているようですからね、仕方ありませんよ」


 私と同じく三日は宿から外に出ていないはずなのに、ヨハクは余裕の態度でいる。


「嵐って、アンタの力でなんとか出来ない?」


「そうですね、魔法で吹き飛ばすことは出来ますけど……その後の天候やら自然への影響などを考えるとやらない方が良いと思いますよ」


 冗談半分で聞いたのに、どうやら嵐だけなら何とか出来るようだ。超越者って凄い。


「悪影響があるならやらない方が良いわね」


「えぇ、なので大人しく通り過ぎるのを待ちましょう。長くてもあと数日ですよ」


「すでに三日も待っているから暇なのだけどね」


 わたしはため息を吐く。


「というか、なんでアンタはそんなに余裕でいるのよ。私と一緒で三日も外には出てないわよね?」


「えぇ、外には出ていませんが」


「だったら、もっと暇そうな態度を取るのが普通じゃないかしら。それとも、何か私に隠れて良い暇つぶしでも見つけたの?」


 あまりに余裕の態度でいるのがなんだか腹立たしくなったのでヨハクに詰め寄る。


「そんな特別なことはしていませんが……そうですね、本を読んでいるくらいですよ」


 言って、どこからか本を一冊取り出す。


「本なんて、この宿屋にそんなにたくさんあったかしら」


「いえ、これは他の世界で買って今まで読めずに持っていた本ですね」


 彼はしれっと衝撃の事実を告げる。


「今までは世界を見て回るのに夢中で本を読む時間があまりありませんでしたからね、この機会に買い溜めていた本を読んでいるんです」


 万能翻訳魔法の応用で異世界の文字も自在に読めますからね。と彼はなんでもないことのように言ってのけた。


「アンタ、そんな良い暇つぶしの手段があるなら教えなさいよ!私はこの三日間何もすることがないから、ずっとベッドの上でゴロゴロしてたのよ!?」


 この三日間でしてきたことを思いだす。宿屋で出される料理を食べる以外は本当にやることも無かったので、ヨハクと話すかベッドで寝転がるくらいしかしてこなかった。

 それなのに、この男は一人で本を読んでいたと言う。これはちょっと許しがたい暴挙だろう。


「ずっと私が暇してるのは見てたでしょう!本くらい貸しなさいよ!」


「いえ、てっきりあなたは暇を謳歌してるのかと思いまして。そんなに退屈だったんですか?」


「当たり前でしょう!何も出来ない時間を楽しめるのなんて、精々一日くらいよ!」


 それを聞いて、どうやら彼は本気でショックを受けているようだった。私がベッドでゴロゴロしていたのは、そんなに楽しそうに見えていたのだろうか?


「申し訳ありません、気がつかなくて……」


「いえ、言わなかった私も悪いけれど……」


 なんだかお互いに気まずくなって、間に変な空気が流れる。


「と、とにかく本を貸してくれればそれで良いわ。どんな本を読んでいたの?」


 その空気を無理矢理にでも変えるために話題を逸らす。

 実際、彼がどんな本を読んでいるのかは気になっている事だ。彼は一体、どんな事に興味があるのか。


「そうですね、直前まで読んでいたのはいくつか前の世界で買った魔法理論の基礎の教本です」


「あぁ、アンタ魔法理論好きだものね」


 ヨハクは魔法の基礎どころか奥義まで極めているような存在だが、それぞれの世界で魔法の原理や理論というものは少しずつ違うらしく、その差を調べるのが彼の趣味なのだ。


「えぇ、魔法の体系にも色々ありますがこの教本ではいわゆる契約魔法、すなわち悪魔や精霊種などのアストラル体と契約しての魔法の行使の仕方が書かれていますね」


 興味があるのなら読んでみますか?と本を差し出してくる。

 本当なら物語でも読みたい所だったが、彼の行為を無碍にするのも気が引けたので本を借りて読んでみる事にした。


「ありがとう、この本を読み終わったらまた別の本を借りるわね」


「えぇ、どうぞごゆっくり」


 こうして、私も読書タイムに突入するのだった。



――――――――



 それから数日、私たちは毎日色んな本を読んで過ごした。

 ある時は勇者が姫を救うコテコテの王道物語を。ある時は魔法の実践方法について書かれた教本を。ある時は背筋も凍る恐怖体験について書かれたホラーを。ある時はある宗教の考え方について書かれた啓蒙書を。

 様々な事に興味があるヨハクが持っている本は、彼の興味同様多種多様で、借りて読んでいるだけの私も数日飽きる事なく読み続けることが出来た。

 そんな日々が数日続いて、ついに嵐が去っていった。


「うーん!久しぶりの太陽ね!清々しいわ!」


 日の下に出て、私は存分に伸びをする。


「読書漬けの日々も楽しかったけど、やっぱり私はこうして自分の足で歩いて目で見た方が楽しいわね」


「そうですね、それは僕も同意です」


 同じように久しぶりに外に出たヨハクも頷く。


「……まぁ、それでもたまには読書も悪くなかったわね。また機会があったらアンタのお勧めの本を貸してね」


 私がそう言うとヨハクは少しだけ驚いた顔をした後、すぐに笑顔になって答えた。


「えぇ、いくらでも。ですが、まずはこの世界の散策といきましょうか」


「ふふっ、この世界にはどんな景色が広がっているのかしらね?楽しみだわ」


 そうして、二人で世界を見るために歩き出すのだった。

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