第31話 冷たい世界

「あら、珍しいものが売ってるわね」


 ある世界の公園にその屋台はあった。

 自分の元いた世界では大して珍しくはない物だったが、異世界旅行をするようになってからは滅多に見かけなくなったもの。

 冷たくて美味しいのだが多くの世界では高級品扱いで手が出ないか、そもそも作られていなくて見かけなかったもの。

 この世界のようにちょっと蒸し暑い時にはあるととても嬉しいもの。

 すなわち、アイスクリームが売られていた。


「確かに、ここまでお値段がお手頃なのは珍しいですね」


 ヨハクもそう言って私の意見に同意する。


「しかも、バニラだけではなくチョコレートやストロベリー、ミントまでありますね。この世界の氷菓技術はだいぶ進んでいるようですね」


 そう、とても感心したような声を上げる。

 確かにバニラ以外のアイスはさらに珍しいので、そういった反応になるのも理解できる。


「今日は暑いし、せっかくだから買っていきましょうよ」


「良いですね。珍しいものを見つけた記念です」


 そんな会話をしながら屋台に寄ることにした。


「へい、いらっしゃい!お兄さんたちは旅行者かなにかかい?」


「おや、よく分かりましたね」


「聞く気は無かったんだが、アイスが珍しいって会話が聞こえたからね。これは別の国から来た人かなと」


 それにしてはエシア公用語が上手だねー。と褒めてくれるアイス屋台の店主さん。

 褒めてくれた所申し訳ないが、エシア公用語とやらが上手く聞こえるのは万能翻訳魔法のおかげなので、別に我々が凄いわけではない。


「それで、何味が欲しいんだい?」


「そうですね、僕は定番のバニラを。アナタは?」


 聞かれてメニュー表にざっと目を走らせる。

 同じものにするよりは別のものにした方が良いかなと何となく思って、定番メニューの中から違うものを選択する。


「私は……そうね、ストロベリーで」


「おや、シングルを二個で良いのかい?」


 店主が驚いたように聞いてくる」


「何かお勧めがあるんですか?」


「あぁ、君たちのようにお似合いのカップルは、こちらのカップル割がきくダブルスイートがお勧めだよ」


「か、カップル!?」


 男女二人で旅行をしているのだから、カップルやなんなら夫婦に間違われることも珍しくはない。

 だから、こういうセールストークにも慣れたものだ。


「わ、私たちはか、カップルなんかじゃなくて、そ、その……!」


「すみません、僕らは一緒に旅行をしているだけでそういう関係ではないんですよ」


「おや、そうなのかい。良い雰囲気だし、お似合いだと思ったんだけどね」


 長年二人で旅行しているので、こういう見え見えのお世辞にも慣れたものだ。


「そ、そんなお似合いだなんて……」


「しかし、カップル割と言うものには興味ありますね。ダブルスイートとはどういうサイズで?」


「シングルの1.5倍の大きさを二つだね。カップルでシェアする前提のサイズだよ」


「なるほど……本物のカップルでなくてもそれは買えますかね?」


「カップル割ってのは建前だからね。男女二人いれば大丈夫だよ」


「では、それを貰えますか?クローズもそれで良いですか?」


「えっ、か、カップルで良いの!?」


 突然のヨハクの宣言に驚く。えっ、私たちいつの間にそんな関係に!?


「えぇ、男女二人でなら本物のカップルでなくても良いと店主さんも言ってくださったので折角ならと」


「あ、あぁそういう……良いわよ。お得になるならその方が嬉しいから」


「じゃあ、カップル割でダブルスイート一つだね。毎度あり」


 そうして、色々あったが私は久しぶりにアイスクリームを食べることになった。


「見た目は知っているアイスと変わりないわね」


「そうですね、コーンではなくカップのタイプのようですが」


「そこまで一緒を求めることはできないわよ。それじゃあいただきましょう」


 と言ってから気がつく。付属のスプーンが一つしかない。

 これは、カップルで食べるの前提と言うことはつまりそう言うことなのだろうか。

 チラッとアイス屋台の方を見ると、店主さんと目が合う。

 こちらに気づいた店主さんはニコッと笑う……どう言う意味だろうかそれは。


「おや、スプーンが一つしかありませんね。貰ってきましょうか?」


 店主と無言のコミュニケーションをとっている間にヨハクもスプーンが足りないことに気がついたようだ。

 そのまま、店主の気遣いに気づかずにスプーンを取りに行こうとしてしまう。

 でも、その方が良いか。と思って再び店主の方を見る。

 本当にそれで良いのかい?と目で訴えているように感じた。


「〜〜〜!ま、待ってヨハク」


 だから思わず呼び止めてしまう。その先の言葉を考えもせずに。


「どうしました?」


「え、えっとその……」


 助けを求めるように三度店主を見る……何故かガッツポーズをされた。

 もうこうなればやぶれかぶれだ。


「か、カップル割でカップルでシェアする前提なら、その、スプーンが一本なのは正しいんじゃないかしら」


「シェアするなら二人分必要では?」


「そうじゃなくて、えーと……二人で食べさせ合う前提なのよこれは」


「あぁ、なるほど。そのためのカップル割なんですね」


「そ、そうなのよ。だから、えーと……」


 ありったけの勇気を出すために一度目を瞑ってから唾を飲み込む。そうして己を鼓舞してから続ける。


「わ、私に食べさせて?」


 その後、久しぶりに食べたアイスの味は、緊張でよくわからなかったことだけ記載させて欲しい。

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