第30話 赤の世界

 その世界には色が一色しかなかった。


「うわっ」


 着いて早々、思わず私はそう漏らしてしまった。なんせ視界が赤一色で染まってしまったのだ。多少面食らったのも許して欲しい。


「これはまた、中々に変わった世界ですね」


 手を繋いだままのヨハクが言う。

 視界の中で、ヨハクだけが赤でないためとても浮いて見える。


「まるで血塗れか熱を帯びてるみたいね……」


 しかし、試しに触ってみた葉っぱは常温な上、特に何かで塗られたりしたわけではなさそうで、単に赤い色をしていることがある分かった。

 そうやって安全を確かめてから周りを見回す。見える範囲にあるものは樹木や岩肌や雑草などのあまり整備されていない風景だ。

 それらが赤一色なだけなら、まだ変わった色の物体があるで済んだかもしれないが、空まで赤い。これは、もう世界そのものの色が赤なのだろう。


「この分だと、この世界にいる生き物も全部赤色なのかしらね」


「それは見てみないことには分かりませんが、そうなった場合は我々はとても浮いてしまいます」


 ヨハクは自分で自分を見る。白と黒を基調とした彼のカラーリングは、この世界では異物も異物だ。

 それが私を安心させてくれるが、現地住人と接触するのならなんとかした方がいいかもしれない。ここまで異質だと絶対に警戒されるから。


「アンタ、真っ赤な服とか持ってる?」


「残念ながら、手持ちにはないですね。というか服だけ赤くしてもダメじゃないでしょうか。恐らく肌も髪も瞳も赤いですよ」


 多少のコントラストはあれど、ここまで赤しか無い世界ならば、確かに服だけ赤くしても無駄かも知れない。


「じゃあ、どうするのよ」


「うーん……僕は寡聞にして知りませんが、あなたの知っている魔法でどうにか出来るものはありませんか?」


「残念ながら、透明にする魔法くらいなら使えるけど、赤にする魔法って言われると……そんなピンポイントなのは知らないわね」


 そもそもヨハクが知らなくて私が知っているものなどそんなに無いだろうが。


「仕方ありません、警戒されるのは本意ではないので遠目にこの世界の人間を見たら次の世界に行きましょうか」


「そうね、そうしましょうか」


 世界ごとにいわゆる“人間”の姿が違うことはよくある。そう言う場合は、余計な混乱や警戒を産まないために、自分たちの存在を見られる前に次の世界へ行くことを選択することもある。


「でも、今回も一応人間を見ては行くのね」


 私は今更ながらにその事を疑問に思う。

 世界事に環境は違うため、それに適応して“人間”の姿が私たちと違うことはある。今回のように極端な環境の世界の場合は特にそれが顕著だ。

 とはいえ、多くの世界では人間の基本構造は変わらない。手足があって、頭があって、それらを胴体が繋いでいる。

 もちろん、全然違う時もあるが十の世界に八、九くらいは基本的に私たちと同じ姿だ。そういう世界の時は、ヨハクが万能翻訳魔法を使えるのも合って住人と普通に交流出来る。

 姿形が同じで、話す言葉も同じため、早々異世界人だとバレずに警戒を産まないからだ。

 だが人間の姿が違う世界だとそうはいかない。見た目が全然違うと、むしろ同じ言葉を話す存在は警戒される。

 中には見た目が違っても警戒せずに友好的に接してくれる“人間”もいるが、多くの場合は警戒を露わにするし、なんなら排除にかかることもある。

 そのためいつしか、“人間”の姿が違って、それを隠すことも出来ない世界では、彼らの姿を一目だけ見てから別の世界に行く。というのがこの異世界旅行のルールになっていた。


「改めて考えてみると、今回みたいに明らかに姿が違うってことが事前に分かっている世界だと、そもそも姿を確認しに行く行為ってあちらから見られる可能性を産んでしまうから、余計なリスクを産むだけじゃないかしら?」


 自然に行っていたルールだから今までは疑問にも思わなかったが、そんなリスクを負ってまで“人間”を見にいくのは、ヨハクらしからぬとまでは言わないが少し不思議だった。


「そうですね……確かにリスクを考えるならあなたの言う通り、わざわざ確認しないで次の世界に行くのがいいのでしょう」


「なら、なんでかしら?」


 リスクを理解していて、でもその上で行っているのなら理由はあるはずだろう。好奇心にすぎないが、気になったので聞いてみる。


「一番はただの好奇心ですよ。この世界では人間はこんな姿になるのか、こういう環境だと人間はこう適応するのか、そう言うのを見るのが好きなだけです」


 なんだかんだでこの超越者が“人間”を好きなことは知っている。だから、その好きの延長線上の好奇心なのだろう。


「他には、確認の意味合いも強いですね。どれだけの推測を立てたとしてもそれを覆して予想と違う姿をしていることはあります。魔力で身を守ったりすることで、過酷な環境でも我々と同じ姿のままの人間もいます。そういう推測を超える可能性を見たいので、一応確認をしていくんですよ」


 大抵の場合は推測通りですけどね。と彼は笑う。

 そんな会話をしながら数時間ほど歩くと、人の手で作られたと思われる道具が落ちているのを見つけた。おそらく、近くにこの世界の人間がいるのだろう。


「もうすぐ、この世界の住人に会えそうですね。楽しみです」


「そうね、早く見てこの目が痛い世界から移動したいわ」


 とは言いつつ、向こうに先に見つからないように姿を隠しながら進むと、動く者が見えた。

 それは肌から髪から瞳まで、青一色な人間だった。


「……いや、なんでよ!!」


 来ている服だけ真っ赤なので、なんだか余計に目に痛い存在であった。


「これもまた、人間の可能性ですね」


 ヨハクは、とても楽しそうに笑った。

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