第29話 登る世界
「絶景が見たい?それなら霊峰フガクを登るべきだね。あの山の山頂からの光景はそれはそれは見事だとも」
その世界では、聞き込みをする度に全員が示し合わせたように同じことを勧めて来た。
もう少し詳しく調べてみた所、『霊峰フガク』というのはここから少し南に行った所にある山であり、死者の帰る場所、という伝説のある霊験あらたかな場所なのだとか。
「聞くまでもないと思うけれど、どうするヨハク?」
「答えるまでもないと思いますが、もちろん行ってみましょう」
という会話を経てその霊峰とやらを登ってみることになった。
宿屋で一泊してから翌日、さっそく霊峰があるという方へ向かう。
結構な距離があったので、寄り合いの馬車に乗って行くことにした。
馬車には結構な人数が乗っており、霊峰の人気の程が伺える。
「私もそろそろお迎えが近いだろうから、最期の思い出に霊峰を登っておきたくてねぇ」
というお婆ちゃんから。
「毎年一回は霊峰を登っているんだよ!おかげで今まで病気ひとつしたことがないくらい健康さ!」
という青年。
「えぇ、彼と新婚旅行なの!霊峰の山頂からの景色は美しいと聞くから楽しみだわ」
というカップルまで。
実に様々な人が馬車で霊峰に向かっていた。
ワイワイと皆で馬車に揺られること丸一日、ついに霊峰の麓に到着した。
「うわぁ、凄いわね。これが霊峰……」
下から見上げるその山は威厳に溢れており、山頂は雲の上で見ることはできなかった。
「ロープウェイで山頂近くまで登ることもできるそうですが、どうしますか?歩いて登るか、ロープウェイを使うか」
「霊峰という割には開発されてるのね。でもそうね、たまには楽してみるのも良いんじゃないかしら。ロープウェイ使ってみましょう」
「分かりました、たまには文明の利器に頼るのもいいでしょう」
馬車のメンバーの半分くらいと連れ立って、ロープウェイ乗り場に向かう。残りの半分はどうやら徒歩で登る組のようだ、頑張って欲しいものだ。
……とか、他人事のように思っていたがロープウェイも中々に待ち時間が長くて大変だった。
二時間ほど長蛇の列に並んでようやくロープウェイに乗ることができた。
「ここまで話し相手になってくれてありがとうねぇ」
そう言って、馬車からずっと一緒だったお婆ちゃんはひと足先にロープウェイに乗り込んで行った。
どうやらここのロープウェイは二人乗りが最大らしく、私はヨハクと二人きりで乗り込む事になった。
「やっと乗れるわねロープウェイ、ここから山頂までどのくらいかかるのかしら」
「片道で一日ははかかるそうですよ。待機列に食べ物とかを頻繁に売りに来ていたのは、そのためだそうです」
「なるほど、一日分の食料を買い込んでおけということね」
「そういうことです」
言いながら、ヨハクが早速自分の買ったお弁当を見せてくれる。
どれを食べますか?と聞かれたので、『霊峰名物!鰻重弁当』を貰うことにした。
そうして、そこからはのんびりとロープウェイに揺られて霊峰を登って行った。
ゆっくり登るロープウェイの中でヨハクと二人、ゆったりとした時間を過ごす。
窓の外の景色も少しずつ変わっていく。たまに近くに動物が来たり、こんな高所なのに花が咲いていたり、変わる景色に飽きることなくロープウェイに揺られる。
そうして、一日ほどの時間が経って山頂近くに到着した。
「たまにはこういうのんびりとした時間もいいものですね」
「えぇ、そうね。楽しかったわ」
と言ってもここから山頂まではまだ距離がある。ある意味ではここからが本番と言えるだろう。
「それでは、行きましょうかクローズ」
言いながら、いつものようにこちらに向けてヨハクが手を伸ばす。
「えぇ、行きましょう」
その手を、私は躊躇うことなく手に取る。
そうして手を繋いで登ること数時間、ついに山頂に到着した。
「高いわね、でも周りがすっかり暗くなってしまったからほとんど何も見えないわ」
山を登っている間に、辺りはすっかり闇に覆われていた。
「ちょうど良いじゃないですか。日が登ってくるのが一番美しい山頂の景色だそうですよ」
その間、ご飯でも食べていましょう。とまだ持っていたらしいお弁当を見せてくれる。
私は『牛肉霊峰盛り弁当』を貰って食べる。
ご飯を食べながら二人で会話していると、地平線の先から光が登って来た。
「……おお、凄いわねこれは」
雲を切り裂くように登って来た太陽。それが世界を照らして、全てが輝いていく光景はまさに神秘的な光景で、牛肉弁当を食べながら、私はその美しい景色に舌鼓を打つのだった。
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