第23話 風の世界

「風が、強い!!」


 ヨハクに抱き着きながら叫ぶ。

 そうしなければ、飛んで行ってしまいそうなくらいには風が強かった。


「本当、急にこんなに強くなりましたね。何が起きてるんでしょうか」


 抱き着かれている側のヨハクは微動だにしていない。

 特に力を入れている様子はないのに、まるで地面に根を生やしているかのようにドッシリと力強く立っていた。


「分からないわよ、嵐でも来てるのかしらね!?」


 こんなに強い風の中ではまともに受け答えも出来ない。

 彼にしがみついているので必死だった。


「あっ……」


 などと言っている間に、さらに強い風が吹いて――――彼から手を離してしまう。

 あまりに強い風に、そのまま葉っぱの様に吹き飛ばされるのを想像して目をギュッとつむる。


「手を離すと危ないですよ、クローズ」


 だが、感じたのは風に吹き飛ばされる浮遊感ではなく、何かに包まれるような心地よい温かさだった。

 恐る恐るつむった目を開くと、吹き飛ばされる前に彼に抱き留められたらしく、ヨハクの胸の中に納まっている自分がいた。


「とは言っても、これだけ風が強いと一人だけで捕まり続けるのも限度がありましたね。もっと早くに僕からも手を貸していればよかった」


「そ、そうね……でも、ありがとう。ヨハク」


「いえいえ、旅のパートナーをこんな所で吹き飛ばされて、離れ離れになってしまってはつまらないですからね」


 もっとも、仮に離れ離れになってしまっても、すぐに見つけ出して見せますが。と自信満々に言う。

 それがとても心強くて、彼にもたれるように力を預けた。


「そう、それじゃあこの風が吹いている間は絶対に私を離さないでね」


 私からも彼に抱き着く。強い強い風の中だというのに、それ以上に強い幸福感と安心感に包まれていた。


「ん、でも妙ね?私がこんなにあっさり吹き飛ばされそうなほど風が強いのに、他に飛んでいる物を見かけないわ」


 彼から抱きすくめられて安定感を増したことで、周りを見る余裕が生まれた。

 そこで初めて気が付いたが、こんなに強い風の中だというのに飛んでいる物が見える範囲には存在しない。

 というか、もっと言うなら飛びそうな物が周りには一つも存在していないように見える。木も、石も、山も、家も、動物も、人も、なにも無かった。


「言われてみると不思議ですね……あるいは、もうすでに吹き飛んでしまう物は全て吹き飛んだ後とか」


「可能性はあるわね。どこか一ヵ所に全部溜まっているのかも」


「そもそも、この風の原因はなんでしょうね?ずっと同じ方向から吹いているので、風の始まりの地点には何かがありそうですが」


 彼が私を抱きしめながら考える。この風に対して興味が湧いてきた顔だ。


「ここで悩んでいても仕方ないし、見に行ってみる?風の始まりか、吹き飛ばされた物が一ヵ所に留まっているだろう場所に」


「それもそうですね。早速行ってみるとしましょうか」


 そう言うと、私を抱きしめていた彼の手が動いて、私を抱きかかえるように――――いわゆる、お姫様抱っこをする。


「ちょ、ちょっとヨハク!?」


「これだけ風が強いと、手を握っているだけでは心もとないですからね。抱きかかえさせていただきました。嫌ですか?」


「…………嫌、ではないけれど」


 誰も見ていないのは分かるが、正直恥ずかしい。


「ふふっ、では行きましょうか。まずは風の始まる場所へ」


 そう言うと、彼はゆっくり進みだす。私では吹き飛ばされるだけの強い風の中をまるで無風のように、風上に向かって歩いて行った。


「本当になにも無いわねこの世界」


 風上に上りながら周囲を見ると、本当に何もないことが分かっていく。

 草一本生えていない、荒涼たる大地が続いていた。


「そうですね、あまり途中を見ていて楽しそうではないのでさっさと風の始まりの場所に行きますか」


 彼は何気なくそう言うと、トンっと軽やかにしかし強く一歩を踏み出して――――大きな緑色の石の前に着いていた。


「す、すごい魔力を感じるわねこの石」


 すさまじいまでの風の奔流がその石からは垂れ流されていた。彼が居なければ私など一瞬で空高く吹き飛ばされていただろう。


「これは、風属性の魔石ですね。ここまで大きくて純度の高い物は初めて見ました」


 彼が珍しく興奮を隠さずに言う。


「魔石って、魔力の込められた鉱物の総称よね」


「えぇ、ここまで力が強いのなら、存在するだけでここまで強い風が吹くのも納得です」


「……どうするの?持って帰る?」


 あまりにも興奮した眼を向けているので聞いてみる。

 彼は、一瞬だけそれもアリだな。という顔をしたがすぐにいつもの表情に戻る。


「いえ、辞めておきましょう。ここまで力の強い魔石が無くなっては、この世界に与える影響がどこまで大きいのか見当もつきません」


「そう、あんたが良いなら良いけど」


「えぇ。さて、それでは次の世界に行きましょうか」


 彼が急かすように言う。


「あら、吹き飛ばされた物が集まっているだろう場所は見なくて良いの?」


「えぇ、あまり長い事この世界にいると、この魔石が欲しいと言う誘惑に勝てないかもしれないので」


 そうなる前にこの世界を出なければ。と彼は続ける。


「まっ、そうね。それなら早く次の世界にいきましょうか」


 私も、さすがにずっとお姫様抱っこをされ続けているのは恥ずかしくなって来たので、次の世界に行くことに特に否はない。

 そうして、次の風が吹く前に私たちは次の世界へ移動したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る