第21話 灯の世界
その世界は真っ暗だった。
「な、何も見えないわね」
世界を移動する際はいつもヨハクの手を握って彼に連れてきてもらうのだが、星明り一つないこの世界では、この手を放してしまったらもう彼を感じることができないかもしれないとよぎって、つい彼の手を強く握った。
「そうですね、ただの夜とも違うようだ。この世界ではこの暗さがデフォルトなんですかね」
彼はそんな私の様子に気づいたのか気づかないのか、普段と変わらない調子で話す。それに安心して、私も努めていつも通りの様子で返す。
「もしずっと暗闇の世界なら、この世界にいるのは視力には頼らない生物や人間なのかしらね」
視力以外の感覚――――魔力感知や聴覚、温度感覚などで周囲を把握する生態の生き物を知らないわけではない。ならば、この世界ではそういう生物がたくさんいるのだろう。
「おそらくそうでしょうね……と言いたいのですが、少なくとも音は何も聞こえませんね。魔力感知も……うーん、出来なくはないですが何かに阻害されているような感覚があります。少しすれば慣れるでしょうが」
「えっ、それって大丈夫なの?」
ヨハクが多少とはいえ不調になるとは、この世界は生物が生きていける環境なのだろうか?
「元々魔力感知は得意ではありませんからね。それに、この感じなら少しすれば慣れるでしょう」
普段は使わないだけで、その気になれば数秒で世界全体の様子を探れる魔力探知を可能な超越者が得意ではないのなら、私など魔力探知が出来るとは口が裂けても言えなくなってしまう。
「しかしどうしましょう。真っ暗で何も無いのならこの世界に滞在しても面白く無いですし、早々に次の世界に……おや」
話の途中、彼が何かを見つけたようで言葉を区切る。しかし私には何も見えないし、彼がどの方向を向いているかも分からない。
「見えますかクローズ、あちらに小さな灯りがあります」
「多分指を指してくれてるんだろうけど、その指さえ見えないわ」
「おっと、それは失礼しました。こちらです」
手を優しく引かれる。その方向を見ると、確かに小さな小さな光があった。
しかし、先ほど着いた直後に周りを一周グルリと見回した時は無かったはずだ。小さいが確かに存在感のあるあの光を見逃すとも思えない。
「何の光かしらねあれ、率直に言うと怪しいわ」
急に世界に灯った光など怪しい事この上ない。普通なら、もとい私が一人なら絶対に近づかないだろう。だが----。
「それでも、アンタは見に行くんでしょう?」
「ええ。あなたが望まないのなら、一人で行ってきますが……」
私の確信のこもった問いに対して、想像通りの答えが返ってくる。もう何度かこういう場面にさ遭遇しているので彼の考えはお見通しだ。
そして、多分彼もお見通しであろう私の答えを返す。
「こんな世界に一人で放り出される方が嫌よ。私も連れて行きなさい」
少し力が緩んでいた手を強く強く握る。何があっても離さないけど、何があっても何とかしてくれると信じている、という無言の信頼を乗せて。
「分かりました、では行きましょうか」
その信頼が通じたのか通じてないのかは分からないが、彼はまたいつもの調子で答えると、光に向けてゆっくりと歩き出した。
「しかし、周りが何も見えないから光源が遠いだけなのか、とても小さいのか、ただ弱いのかも分からないわね。ヨハクは分かるのかしら?」
彼に手を引かれて進みながら質問する。
「魔力探知もほぼ正常に使えるようになったので、調べれば分かりますよ。調べますか?」
「……別にいいわ。アンタの楽しみを奪うのも可哀想だしね」
ヨハクは自分の目で直接見る事を楽しみにしている節がある。こういう危険があるかもしれない場面でも事前に調べようとしたりはせず、直接出向いて見る楽しみを優先する事がほとんどだ。
そもそもこの男に危害を加えられるものなどごく限られているというのも理由の一つだろうが。危機感はあまりないが、無くても問題ない程度には彼は凄いのだ。
などと考えながら移動すると、存外すぐにその光の所にはたどり着いた。
「なにかしら、これ……?」
それは、手のひら大の大きさの火の玉だった。小さいがたしかな存在感があって、よく見ると少しずつ大きくなっていた。
「これはどうやら太陽のようですね。今この世界は星が作られ始めているのでしょう」
「太陽って、こうやって出来るものだっけ?」
私の知識にある太陽の誕生の仕方とはだいぶ違う。
「それも世界に依るんでしょうね。ほら見てください、少しずつ昇り始めた」
目の前の小さな火の玉が最初はゆっくりと、しかしドンドン加速していき途中からはとても速く空へと昇っていく。
とても遠くまで登ったはずなのに、まだ見える大きさにあまり変化が無いのはその分だけ大きくなっているからなのだろう。
そうして、見慣れた太陽と同じように天空に鎮座した。
「珍しいものを見ましたね。これから、この世界は発展していくのでしょうか」
太陽が昇ったことで周りの闇も晴れたが、見渡しても何もない白い空間が広がっているだけだった。
「そうね、この世界にはまだ何もないみたいだけど、どうする?もうちょっと発展するまで見ていく?」
「……それも面白そうではありますが、辞めておきます。何年かかるかもわかりませんからね」
「そう、それじゃあこのまま次の世界に行くとしましょうか」
そう言って、彼の手を掴もうとして……この世界に来てから一度も手を放していないことに気が付いて、なんだか少しだけ気恥ずかしくなるのだった。
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