第20話 鯨の世界
数多の巨大なクジラが宙を泳ぐ。
空と言う青くて広い海を泳ぐその姿は壮大で、雄々しくて、見ているこちらが圧倒される光景である。
そんな空の下をのんびりとヨハクと一緒に歩く。
見渡す限り人工物は存在しない。たまに変な生き物は通るが人間は影も形も見えない。そんな野原を二人でのんびりと行く。どこまでも平和で穏やかな中での行進に、世界に二人きりのような錯覚さえ覚えた。
この世界には本当に人がいないのか、それともいるがまだ会っていないだけなのかは私には分からない。彼なら余裕で分かるのだろうが、これでこの世界にも人はたくさんいますよ、とか言われたらこの雰囲気が台無しになる気がするのであえて聞かないでいた。
この平穏な時間を飽きるまで続けるのは、私にとっても悪い事ではないだろう。だから私は彼と他愛の無いことを話しながら、たまに空を泳ぐクジラを見上げて、のんびりとした時間を過ごしていた。
このまま永遠に歩き続ける……のはさすがにごめんだが、たまにはこうして何も考えずに穏やかにゆっくりと時間を過ごすのも悪くはないかもしれない。そう思いながら彼の隣を歩む。
「そろそろ目的地ですね」
だが、どうやらこの時間もそろそろ終わりを迎える用だ。というか、目的地なんてあったのか。
「あら、闇雲に歩き回ってるわけじゃなかったのね」
「えぇ、アナタにももう見えていると思いますよ」
そう言って彼は地平線を指さす。彼には何か見えているようだが、私には見渡す限りの野原しか見えない。
「……別に目新しい物は何もないけれど」
「えぇ、何もありません」
新手の問答か何かだろうか?何もないところが目的地と言うこともあるまい。
改めて、歩きながら地平線の方を見続ける。しかし、何も出ては来ない。見渡す景色に変化は……いや何か違和感がある。
「もしかして、地平線が近づいてる?」
遥か遠くに見えていた地平線が進むにつれてわずかずつ下がって来ている。崖のように、この平原の先が突如として無くなっているようだ。
おそらく、ヨハクの言う目的地は地平線の終わりなのだろう。
「ええ、正解です。あの世界の果てが僕の目的地です」
「世界の果てとはまた大げさね、あそこでこの世界が終わるわけでも無いのでしょう」
「そうですね、僕らの歩いているこの……足場が終わるだけです」
「足場って、なんだか変わった表現をするわね」
「ふふっ、他に適切な表現が浮かばなくて」
どうやらヨハクは何か隠し事をしているようだが、この先に一体何があるというのか。もっとも、何を隠しているかは分からないが私に害する事では無いだろう。それにとりあえず着けば分かるだろうから、それほど気にしなくていいだろう。
そう結論づけると、またのんびりとクジラを見上げながら彼の隣を歩いていく。
景色はどこまでも穏やかで、少しずつ近づいてくる地平線以外は変わることなく流れていく。
「そろそろ最先端ですね」
そんな平穏な時間もどうやらそろそろ終わりらしい。
果たして、あの地平線の終わりには何があるのか。少しだけ緊張しながら進む。
「えっ、これって……」
そうして地平線の終わりに辿り着き、そこから下を覗き込んだ先には____白い大地があった。最初は大きすぎて何か分からなかったが、それがわずかに動いているのを見て直感する。これは目玉だ。
私たちが進んでいた、私が大地だと思っていた物……彼曰く足場には巨大な一つの目が生えていた。
「い、生き物だったの、この平原全部」
「ええ、反対の端に行けば逆の目もありますよ」
彼はイタズラっぽく笑って言う。おそらくこの世界に来た直後には、私たちがこの生物の上にいると言うことは分かっていたのだろう。
しかしここまで結構な距離を歩いてきた平原が全てこの生き物の体の一部とは、ちょっと信じがたい。
「ほ、本当に生き物なのこれ?」
「ええ、なんなら少し離れて全体像を見てみますか?」
言って、いつもの様にこちらに手を差し出してくる。
だから、私もいつものように彼の手を取る。
「それじゃあ、お願いするわ」
ふわりと彼に引っ張られて宙に浮く。そこから加速度的に高度を増して行くと、さっきまで足場にしていた生物の輪郭が見え始めた。
「わぁ……」
そうして全体がハッキリと全体を見れる距離まで離れると、その生き物がクジラである事が分かった。
というか、本当に大きい。多分光速くらいの速さで離れたはずなのにそれでも全体像が見えるようになるには結構な時間がかかった。
そして、気づいたことはもう一つ。
「他のクジラたちとの距離がほとんど変わっていないわね」
これだけ高く飛んだのに、他のクジラの見た目の大きさはほとんど変わっていない。ということは……。
「えぇ、ここから見れるクジラはほとんどがあの大きさですよ」
「はー……凄いわね」
クジラというよりも、最早星と呼んだ方が実態は近そうだ。
「さしずめ、星クジラとでも呼ぶべきでしょうか」
「何でもいいわ、スケールが違いすぎて圧倒されてるもの」
星クジラの泳ぐ空を彼と共に泳ぎながら、それでもこの雄大な景色を美しいと思うのだった。
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