第19話 願う世界

 そらを見上げる。数多の星々が落ちて来る、そらを見上げる。

 真っ暗な夜の闇を引き裂いて飛ぶ、数多の流れ星が描く軌跡。私は、それを子供の様に純粋に、ただ真っ直ぐに見つめていた。


「……綺麗」


 ぽつり、と小さくつぶやく。


「えぇ、とても綺麗ですね」


 隣で、同じように流星群を眺めていた彼も私に同意してくれる。

 それを聞いて、思い出したように彼の横顔を見る。空に瞬く星々の光に照らされて、彼の顔もいつもよりも素敵に見えた。いや、別にいつもは素敵だと思っている訳では決してないので、この雰囲気の所為だろうが。


「そういえば、聞きましたか?この流星群はこの世界では約七百年に一度のことだそうですよ」


 そう話しかけられて、しばらく彼をじっと見つめていたことに気が付き、慌てて目線を空に向ける。


「えぇ、宿の人に聞いたわ。いいタイミングでこの世界に来れたものよね」


 空には、勢いが衰えることなく流れていく星々があった。


「実にタイミングが良かったです。それで、もう一個聞いた話ですとこの流星群に願い事をかけると叶うそうですよ。流れ星に願いをかけるというのは多くの世界であることですが、この流星群の規模を見ると、真実のような気がしてきますね」


 彼がいたずらっぽく笑いながら言う。

 そういう彼は、果たしてどんな願いを星にかけたのか。私は――――どんな願いをこの星に祈ればいいのか。星を眺めながら、しばらく考えてみる。

 オーソドックスなところだと、こういう時に願うのは『世界平和』だろうか?だが、数多の世界を渡り歩いているが、争いなどほとんどの世界であったし、いくつかは壊滅的な戦争をしている世界さえもあった。あれら全ての争いを解決して平和にしてもらおうと願うのは、この流星群とはいえさすがに荷が重いだろう。

 では『無病息災』とかだろうか?今までも世界によっては、毒や細菌によって病気になったことがある。だが、その度にヨハクが何事も無かったかのように一瞬で治してくれているし、そもそも事故や怪我の類は彼が一緒にいる時にしたことがない。彼に大事に守られているな、と改めて自覚しながらも、この願いもどうやらあまり相応しくはなさそうだ。

 ならば『家内安全』?しかし私には家族がいないし、一番それに近い彼は私ごときが願うまでも無く健康で平穏だ。というか、仮に彼にどうしようもない事態が起こったら世界平和以上に流星群には荷が重い。彼がどうにかなるような事態って一体なんだ……私では想像さえ出来ない。

 そうなると、残りは『恋愛成就』くらい……い、いやいや。それはさすがにナイナイ。別に私は今特に好きな人とかいないし、彼とどうにかなりたいとかは思ってない!だから、この願いは願う必要さえないのだ。

 焦りながら必死に頭に浮かんだ不埒な想像を振り払う。


 そうこうしている間に、少しずつ流星群の勢いは衰えだしていた。この調子だと、もう少しでこの景色も終わってしまうだろう。

 チラと、もう一度彼の横顔を見る。相変わらず、優しい笑みを浮かべながら、しかしどこか真剣に流星群を見ていた。

 彼は何を願ったのだろうか。それとも何も願わずに、ただこの綺麗な景色を目に焼き付けているのだろうか。

 彼の横顔を見ていたら、必死にありもしない願いを考えている自分が何だか馬鹿らしくなって来たので、大人しく流星群を眺めることにした。


「終わってしまいましたね、流星群」


 最後の一筋が流れて行き、しばらくしてから彼が私に話しかけてくる。


「そうね、とても綺麗だったわね。良い物が見れたわ」


 私は素直な感想を口に出す。今までにも流れ星だの流星群だのは何度か見た事があるが、それでもそれらと比べても特別綺麗な景色だったと言っていいだろう。


「そういえば、願い事は何か祈りましたか?」


「いいえ、結局何も祈っていないわ」


「おや、折角の機会なのにもったいない。何も思いつかなかったんですか?」


 なんとなく、ここで何も思いつかなかったというのに同意するのは負けた気がしたので見栄を張る。


「いいえ、いくつか思いついたけれど、どれも自分の力で叶えてこそ意味がある願いだから、あえて星には願いを託さなかったの」


「そうですか、アナタは強いですね」


 ただカッコつけて言ってしまっただけなので、そうして臆面もなく褒められるととても悪いことをしてしまった気分になる。


「そ、そういうあんたは何か願ったりしなかったの?」


 だから、そのばつの悪さを誤魔化すように質問を返す。


「僕ですか?僕の願ったことは一つだけですよ」


 もう流星など一つもない、けれど満天の星々が輝くそらを一度だけ見上げてから、まっすぐに私を見つめて彼は答える。


「これからもアナタとの旅を続けられますように、です」


 そう言って、ニッコリと笑った。

 その笑顔がさっきまでの流星群よりも眩しく見えて、私は思わず息をのむのだった。

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