第18話 飛ぶ世界

 『空を飛ぶ』というのは、大抵の世界の人間が夢想することだ。

 魔法を使って宙に浮く、飛行機などの機械で飛ぶ、あるいは蝋で固めた翼で太陽に焼かれるまで羽ばたく。

 アプローチの方法は様々だし、その夢を叶えられているかどうかも世界によるが、大抵の世界では空を飛ぶことを研究している、あるいは過去に研究された結果飛べるようになっていた。


「だから、想像もしてなかったわ。『地面を歩くこと』を夢想して、そのために多くの人が研究している世界があるなんて」


 大樹の枝に腰かけながら、目の前に広がる光景を見下ろす。

 人々は宙に浮いて樹の枝から樹の枝に移動をしている。枝上には建築物があり、その中で生活している。

 遥か下の大地はゴツゴツと赤い岩肌を見せていて、ごくたまにツルツルとした毛の一本も生えていない不思議な四足歩行の動物が駆けていくだけだ。この大地が赤いのは、超高温で普通の生き物は降り立つことも出来ないかららしく、結果として大半の生き物が樹の上で宙に浮きながら生活しているらしい。


「不思議な光景ですよね。樹の上で生活する世界自体は見たことがありますが、樹の上で生活する世界は初めてです」


 そういうヨハクは私の隣でふわふわと浮いている。この世界では枝の上で過ごす生活があまりに長すぎた結果、移動を魔法による浮遊に頼りきりにしたせいで足が退化しており、二足歩行で立つことが出来る人も少ないらしい。だから、私たちも目立たないように座るか浮くかしているのだ。


「ふふっ、こういうのも中々に面白いですね。大体の世界だと宙に浮き続けていると奇異の目で見られるのですが、この世界ではそれがデフォルトなのですから」


「そうね、実際最初は少し危なかったわね」


 この世界に着いた直後、枝の上に到着したのでそのまま二人でぼんやりと歩いていたのだが、ふわふわと浮いている第一異世界人に出会った際、歩く私たちを見てそれは驚いていたものだ。驚きすぎて、運んでいた荷物を落としてしまったのだから彼女には悪いことをしたかもしれない。

 その後、面倒事にならないようにと彼女に話しかけられる前に別の場所に急いで移動して、この世界に住人の性質を観察した結果、今のように宙に浮いて移動することで擬態しているのだが。


「歩いているだけであそこまで驚かれるとは予想も出来なかったので仕方ないですよ。僕もこういう世界はちょっと予想の外でした」


 自分で分かりやすく噛み砕くのなら、空を飛べない世界で宙にふわふわと浮いて移動する人を見たようなものだから、彼女が驚いたのも今ならよく分かるのだが。


「……なんだか、最初に見た彼女のことが気になってきたわね。私たちを見た事を吹聴して、周りに嘘つき呼ばわりとかされてないかしら」


 出会ってから即座に逃げ出したため、彼女があの後どうなったのかは知らない。世界毎に常識が違うのだからこちらの何気ない行動で相手を驚かすことなど今までにも何度もあった。それでも、あの素朴そうな彼女の驚き顔を思い出すとなんだかとても悪いことをした気分になるので、あの後どうなったか気になるのだ。


「見に行ってみますか?どのあたりだったかは覚えていますから、いつでも戻ることは出来ますよ」


「そうね、ちょっと見に行ってみましょう」


 私は立ち上がり、かけてからそれをしたらまた大変なことになると思い出してふわりと宙に浮く。そうして彼の横に行き、二人で移動を開始する。

 この辺りは人通りが多いので、まずは目立たないように人目の少ない場所に移動。周りを確認して誰もいないことを確認すると、伸ばされた彼の手を取り――――瞬間、景色が変わる。彼が私を引っ張って瞬間移動をしたのだ。


「瞬間移動ではなく、ただのちょっとした高速移動なのですが……」


 一瞬で光速以上に達する移動は瞬間移動のようなものだ。

 それはそれとして、先ほどまでいた都心部と比べて明らかに人口の少ない、おそらく村落部と思われる枝が見える位置にいた。ここからでは人が小さく見える程度の遠さなので、おそらく誰も瞬間移動した私達には気が付いていないだろう。

 その村落では何人かの人が広場らしきところに集まって人垣が出来ていたが、その中心にいたのは――――。


「おや、彼女は僕たちが最初に会った人ですね」


「ここからだと、私の目ではよく見えないのだけれど」


 目を凝らしても、個人の判別は出来ないような距離だが、彼が言うのならば間違いはないのだろう。その中心の彼女は、身振り手振りを交えて何かを必死に訴えているようだったのは辛うじて判別できた。


「何を言っているのかは聴こえる?」


「えぇ、要約すると『私は枝を歩く天使様を見た!きっとなんらかの吉兆に違いない!』といった事を言っています。それを受けて村人達も全員で盛り上がっていますね、どうやらお祭りをしているようです」


「え、えぇ……」


 本当に聞こえるとは正直思っていなかったけれど、彼が言うのなら本当だろう。


「話を聞くに、たまたまこの間からあの村ではお祭りの準備をしていて、その最中に我々は彼女と会ったようですね」


「あぁ、あの運んでいた荷物はそのための物なのね」


「そして、そのお祭りこそ地を歩む地の使い……翻訳されている我々の言語で言う所の天使のようなものですね、を崇めるための物らしくて、 僕たちがその天使様だと思われているようでして、お祭りの良い景気づけになったようです」


「そ、そうなの……」


 彼女が変なものを見たと言いまわって村八分にでもあっていないだろうかと心配していたのだが、それ自体はどうやら杞憂だったようだ。だが――――。


「自分たちが天使……地の使いなら地使かしら?と言われるのはなんだか恥ずかしいわね」


「ふふっ、なんなら今から顔を出してみますか?歓迎されるかもしれません」


「絶対に嫌よ」


 こうして間接的に崇められているのを見るのも結構な羞恥があるが、直接崇められるなど、想像するだけでとても恥ずかしいので勘弁してほしいものだった。

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