第15話 進んだ世界

 真っ白くて画一的な建物。空を飛ぶ鉄の乗り物。宙に浮かぶ巨大なホログラム。それらの全てから魔力が感じられず、純粋に物理現象によって駆動している。

 どうやら、この世界では科学技術がだいぶ進んでいるようだ。


「今までいくつもの世界を巡ってきたけれど、そういえば科学技術が発展した世界って少ないわよね。なんでかしら」


 全てという訳ではないが、大抵の世界では魔法やそれに準ずる能力を使って文化が発展している。

 もちろん、多かれ少なかれ科学技術と言うものも研究されているが、この世界のように、魔法がほとんど使われずに科学技術だけが大きく発展していると言うのは中々に珍しい気がした。


「そうですね、理由は二つあります」


 ヨハクが指を二本立てながら続ける。


「まず一つ目、魔法やそれに準ずる技術が存在する世界では大抵の場合は科学ではなく魔法の方が発展します。理由は様々ですが、魔法の方が個人の技量による部分は大きいとはいえ、発展が容易だからです」


「そうなの?」


「えぇ、一番大きな理由としてはエネルギーの問題ですね。科学のエネルギーは魔法と比べて無駄が多いんですよ。エネルギー、すなわち魔力を直接動力や現象に変換出来る魔法と比べて、科学だと何重にも変換を重ねなければいけません。その差によって魔法の方が発展が容易なんですよ」


 知識の中での科学技術と言うものを思い浮かべる。大抵の場合は『電気』を動力としているが、その『電気』を生み出すための手順は、エネルギーを熱に変換してから水を沸騰させて蒸気にして、タービンを回すという煩雑なものである。


「それは、確かにエネルギーの効率と言う点では魔法には敵わないわね」


「それでも、この世界のように科学の方が発展する場合もありますけどね」


 目の前の光景を見上げながら彼は言う。摩天楼が立ち並ぶ様子は、科学が大きく発展した世界の象徴と言えるだろう。そういえば魔法が発展している世界だとここまで大きな建築物は少ない気がするが、それも理由があるのだろうか。

 新たな疑問が浮かんだが、とりあえず科学の発展した世界にあまり行かないもう一つ理由について話すように無言で促した。


「もう一つの理由はですね、僕があまりそういう世界に行かないようにしているからです」


「そうなの?なんで?」


 彼は科学技術が嫌いなのだろうか。


「すみません、少し語弊がありますね。ちょっと順番に説明しましょうか」


 説明を整理するためだろう、少しだけの沈黙の後に彼は語りだす。


「先ほど言ったのは、『魔法やそれに準ずる技術が存在する世界』での話ですが、ここで逆に考えてみてください。『魔法やそれに準ずる技術が存在しない世界』でなら、当然人は科学技術に頼るしかないでしょう?」


「……そうね、そんな世界があるのならだけれど」


 少し考えてから頷く。魔法や魔力は私が生まれた時から常に傍らに存在する技術だ。確かに世界によって形式や名称が変わることはあるが、”それ”が存在しない世界など、とてもではないが想像もできなかった。


「実は結構あるんですよ、そういう世界。それなのにあなたが想像も出来ないのは、多分一度も言ったことが無いからです」


「以前に、この旅行で行く世界はあえてランダムにしているって言ってたわよね。それなのに一回も行かないことがあるの?」


 本当にそこそこの数があるというのなら、これまで一度も言ったことが無いというのはちょっと信じられない確率だ。

 そこで彼が最初に言った言葉を思い出す。つまり偶然ではなく彼がわざとそういう世界にはいかないようにしているという事だろうか?


「『魔法やそれに準ずる技術が存在しない世界』にはですね、それらを持った者を拒絶する……法則のようなものがあるんですよ。その気になればその法則を破って世界に入る事も出来ますが、破るととても大変なことになります」


「大変な事って?」


「魔法が生まれてしまうんです。それまで存在していなかったのに」


 それの何が問題なのか良く分からなかった。魔法の方が便利なのだから、存在するならば存在した方が良いのではないだろうか?


「新しい法則が突然生まれてしまうと、それがどんなに便利なものでも人は混乱するんですよ。文字通りの技術革命ですからね」


「……よく分からないけれど、とりあえずそういうものだと飲み込むことにするわ」


 前提である『魔法がない世界』を想像できないため真に理解は出来なかったが、そういうものなのだろうと無理やり飲み込む。

 理解できないものをそのまま飲み込むのはこの旅を長いこと続けていると得意になった。なにせ、そうしないと世界ごとに変わる常識についていけないのだから。


「飲み込めてもらえたなら何より。ようするにそういう世界は大抵が入るのに結構無茶がいるし、それで無理矢理入ると世界が壊れてしまうから、それなら無理に入ることも無いかと思って意識せずに避けている訳です」


「そういう理由があったのね……なるほど、疑問は解けたわ。ありがとう」


 彼の話は、理解できない部分もあったが大体は分かったので良しとしよう。


「いえいえ、どういたしまして。それでは、この珍しい世界をもう少し散策しましょうか。珍しいから僕も気になりますからね」


 そう言う彼に連れられて、灰色の石で固められた道を二人で歩くのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る