第13話 毒の世界
毒と言うものは生物にとって主観的なものだ。
ある動物にとって害になる物質はその動物にとって毒だろうが、別の動物には別に害とならないのならばそれは毒ではないのだろう。
同じ人間同士でも、アレルギーのある者にとってはそのアレルギー源は、例え他の人間には完全に無害なものでも毒だと呼べる。逆に言えば耐性があって他の人類にとって毒になる物質であっても完全に無害化できるのなら、その人物にとってその物質は毒とは呼べないだろう。
前置きが長くなったが要するに、この世界に存在するすべての物質が、私にとっては結構な猛毒だった。
「まさか空気がここまで有害だとは思いもしませんでしたよ」
ヨハクが異変に気が付いて防護魔法をかけるのがあと少し遅れていたら、私はそのまま有毒な空気を吸って死んでいたかもしれない。
今は防護魔法に守られているので、当分死ぬことはなさそうだが。
「ところで、あんた自身は大丈夫なの?防護魔法をかけている様子はないけど」
「どちらかと言えば害にはなりますが、この程度の毒性ならば致死量には程遠いので全然平気ですね。肌がちょっとピリピリするくらいです」
「そう、ならいいけれど」
私なんて一息しただけで昏倒しかけたのだが、確かに隣にいる彼は全然平気そうだった。
体の構造は同じはずなのに、ここまで免疫とか能力に差があると一体どこからその違いが生まれるのか気になるものだ。
「クローズこそ本当に良いんですか?防護魔法をかけているとはいえ、アナタにとっては空気まで猛毒の世界です。おそらくまともに食べられる物も無いでしょう。早く次の世界に移動した方がいいと思いますが」
確かに私一人のことを考えるのならばすぐにでも別の世界に移動した方が良いのだろうが、この異世界旅行のメインはあくまでもヨハクだ。ならば、最低限彼の見たいものは見てから移動した方が良いだろう。
「大丈夫よ。それにしても、本当にこんな世界にも生きてる人間はいるの?」
たった一息で死に到るような猛毒の世界で生きている人間がいるのはちょっと想像しづらかった。いや、結構な頻度で動物をみかけるから、この世界に適応した人間がいてもおかしくはないのだが。
「他所の世界から来た僕たちだからこそ、この空気が有害になっているだけで、この世界に最初からいる人間にとっては普通に美味しい空気なんだと思いますよ」
その理屈は分かる。分かるのだが、実際にこの世界の空気によって死にかけた身としては感覚的に納得しにくかった。
「……まぁ、それも見てみれば分かる事か」
今までに何度も信じられないようなものを見てきたのだ。今回も実際に見れば信じざるを得ないだろう。
そう結論付けて、いつものように彼に導かれるまま隣を歩くのだった。
――――
そうしてしばらく歩くと、遠くの方に人工物だと思われる建物が見えてきた。
「あれは、街かしら?」
「そうでしょうね。ようやく人に会えそうです」
しかし、遠いからかもしれないが動く物が見えない。
その上、大分さびれているような……?
「なんだか嫌な予感がするわね」
「動物は見かけていたので人間もいるだろうと調べてはいなかったのですが。これはもしかしたら……」
とにもかくにも建物がもっと見えるところまで近づくことにした。
「う、うわぁ……」
嫌な予感はどうやら当たってようで、そこかしこに死体が転がっていた。
空気の影響か、死んでから結構時間は経っているはずだが腐っている死体は無く、どれもそこそこ保存状態は良かったのが見る上では救いだった。
「……どういうことかしらね、これは」
「ちょっと、この世界を探査してみますか」
ヨハクは、目を閉じて地面に一瞬だけ手を置くとすぐに顔を上げる。
これだけで、この広い世界の全てを知ることができるのだからやはり規格外だ。
ちなみに、何故世界に着くたびに毎回やらないのか?と聞いたことがあるが、実際にこの目で見たほうが感動出来るじゃないですか。という言葉を返されたことは覚えている。
「どうだった?」
「ダメですね。動物はいます、ですが人間を含む一定以上の言語能力や知識のある動物は全滅です」
「そう……じゃあ、こうなった原因を調べるのは無理ってことね」
この世界で”何か”が起きて人間が絶滅したのは確かだ。だが、どうやらその”何か”を知る機会は永遠に失われたようだ。
「僕も全知全能ではありませんので、過去を見たりは出来ませんからね」
「十分それに近いと思うけれどね。まっ、良いわ。人間がいないのならば用はないでしょう?次の世界に行きましょうか」
「えぇ、行きましょう」
彼が手を差し出してくる。それを取る前に、一瞬だけ人々が生活していた証を見回す。終わってしまったものは私達にはどうしようもない。それでも、少しだけ祈る。
彼らが少しでも幸せな人生を送れていたことを。
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