第12話 酒の世界

 お酒というものが好きだった。味はそうでもないが、喉越しの心地よい感覚と程よい酩酊感が現実の嫌な事を忘れさせてくれるから。

 一時は、毎日のように酒を浴びるほど飲んで酔っ払わなければ寝れない日が続いていたりもしたものだ。

 もっとも、この異世界旅行を始めてからは毎日のように新鮮で楽しかったから、酔うためにお酒を飲むことは無くなった。

 それでも、世界毎に味も製法も違ったのでお酒を飲むのは旅の中で楽しみの一つではあった。


「その上で言うけれど、この世界のお酒は特別美味しいわね。持って帰って毎日でも飲みたいくらい」


 さらに言うなら、こんなに美味しいのにいくらでもあるからという理由で無料ただ同然で配られているのだ。酒好きには天国のような世界だ。


「そうですねクローズ。僕は正直お酒はそんなに好まないのですが、このお酒は確かに味が良くて飲みやすい」


「あら、あんたってお酒飲めない人だっけ?」


 お酒に弱いとはまた意外な弱点があったものだ。


「いえ、逆ですね。お酒に強すぎて、全然酔うことができないので、僕にとってお酒は大抵の場合ただの苦い水なんです」


 だから、あんまり好きじゃないんですよね。と言いながらもお酒を飲んでいる。


「この世界のお酒は気に入ったの?」


「そうですね、ほのかに甘みもあり奥深い味わいです。これならいくらでも飲めそうです……この世界では食用水が貴重なようですから、僕でも美味しく飲める味で良かった」


「お酒はいくらでもあるのに、それ以外の飲み物がほとんどないだなんて中々に面白い世界よね」


 私の世界では未成年の飲酒は禁じられていたが、この世界では体が出来ていない子供は何を飲んでいるのだろうか?

 今は夜で、周囲を見回しても子供がいないので謎である。


「明日、この世界から旅立つ前に調べてみますか」


「そうね、でも今はもっとこのお酒を飲みましょうか。美味しいから」


「僕は大丈夫ですが、結構度数も強いので飲み過ぎないようにしてくださいね」


「あはは、大丈夫よ。美味しいから」


 これだけ美味しいのならいくらでも飲めるだろう。


「……たまには羽目を外すのも必要ですか」


「あら、そんなことよりもグラスが空じゃない。美味しいからもっと飲みなさい」


「はい。それでは頂きます」


 こうして、私は旅行に出てから初めて酔いつぶれるまで飲んだのだった。



――――――――



「う、うーん……なんだか頭がガンガンするわね」


 痛む頭を押さえながらベッドから起き上がろうとすると。


「えっ」


 すぐ隣、同じベッドの中にヨハクが眠っていた。


「なっ、なっ、なっ……!?」


 えっ、これはどういうこと?あまりの衝撃に頭痛は一瞬で消し飛んでいた。

 お酒を美味しく飲んでいたのは覚えているけれど、その途中からの記憶がない。もしかして昨日、私たちは――――。

 と妄想の世界に走りそうになったが、着衣に乱れはない。昨夜の服装のままだ。

 改めて、隣に眠るヨハクの格好も見る。こちらもきちんと昨夜と同じ服装のままだ。乱れた様子もない。


「……えーと、ヨハク?起きてる?」


 まだ寝ているようだったが、彼を小さく揺する。するとゆっくりと目を覚ました。


「あぁ、おはようございますクローズ。すみませんね、同じベッドで」


「い、いや……その、えーと」


 彼の態度ですでに大体何が起きたのかは予想がついた。それでも聞いておかなければならない気がしたので、私は意を決して質問する。


「昨夜って、私が酔っぱらってから何があったの?」


「大丈夫ですよ、何もありませんでしたから」


 彼は優しい笑顔で答える。

 ……怪しい。彼の笑顔が優しいのはいつものことだが、ここまで不自然に優しいときは何か隠し事があるときだ。


「本当になにも無かった?」


「……えぇ、なにも無かったです」


「私を傷つけないための嘘じゃなくて?」


「…………なにも無かったことにしておきませんか?」


「本当は何かあったんでしょう?」


「………………そんなに聞きたいんですか?」


「正直聞きたくないけど、でも酔っぱらって粗相を働いたのなら聞いておかないといけないと思うのよ。人として」


「その心がけは立派ですね……分かりました、そこまで言うのなら話ましょう」


 と言っても、大したことはなかったですよ。と先に彼は前置きしてから。


「ただ、その……すごく甘えてきました」


「誰が、誰に?」


 答えは分かっているのに、聞くのをやめられない。


「クローズが、僕にです」


 そこからさきは聞いたのを本当に後悔したくなる内容だった。

 右手を掴んで離さなかったとか、上目遣いでずっと一緒に居たいと懇願したとか、同じベッドで寝てくれないとヤダと駄々っ子のように泣き喚いたとか、一晩中抱き着いて離さなかったとか。あ、あげくに語尾に「にゃん」を着けて恋人を相手にするように甘く囁いたとか……!


「えっと、元気出してくださいクローズ。酔っていれば自分でも不測の行動くらいはとりますから」


「えぇ、分かったわヨハク……ちょっと遺書を書いてくる」


 その後、早まらないでください!と止めるクローズに数時間説得されて私はこれからも生きていくだけの自尊心は取り戻したのだった。

 でも、しばらくは別の世界に行っても禁酒しましょう……。

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