第11話 剣の世界

 老齢の男が剣を横に薙ぐ。

 一切のブレの無い、真っ直ぐで美しいとさえ感じる剣の軌跡。

 それをヨハクはひらりと一歩下がって躱して見せる。

 だが男の剣閃は止まらない。間合いを詰めるように二歩深く踏み込むと今度は唐竹割、上段から真っ直ぐに剣を振り下ろす。

 しかし、わずかに横にそれてヨハクは再び躱す。

 だが、そこまでが男の狙い。振り下ろされた剣は斜めに跳ね上がり、下からヨハクを斜めに両断しようと切り上げる――――。


「なるほど、中々に迅いはやいですね」


 そこまでしても剣は空を切る。ヨハクは、男から向かって切り上げた方向とは逆にすでに移動していた。


「……いな、我が剣が未だ高みには届かぬことを理解した。感謝しよう、旅の人よ」


 言いながら、男は剣を鞘に納める。どうやら満足したようだ。


「いえいえ、どういたしまして。何かの役に立てたのなら幸いですよ」


 ヨハクは、今の今まで自分に武器を向けていた男に笑いかける。

 あまりに一方的だったのでそう呼んでいいのかは分からないが、二人は今『死合しあい』をしていたはずなのに、そうとは感じないほど和やかな気配だ。


「うむ。我が剣は光をも超え、もはや捕らえられぬ物はないと驕っていたようだ。いや、世界と言うものは実に広いな」


 先ほどの戦いはすべて光速越えの境地での駆け引きだった。離れていたからギリギリ目で追えたけれど、多分私だったら最初の一太刀の時点で真っ二つだ。


「ありがとう、ワシもまだまだ老けてはいられんな」


 そう言って、男は去っていった……見た目こそ老齢だったけど、最後までとても老いているとは感じさせない真っ直ぐな背筋と迫力の男だった。


「お疲れ様、大変だったわね」


「いえ、そうでもありませんよ。よくあることですから」


 実際よくあることではある。ヨハクが超越者であることを見抜いた達人だの戦闘狂だのは、自分の腕を試したい!と言って戦いを申し込んでくるのだ。

 いや、ただ戦いを申し込んでくるのならまだ理性的で、無言で唐突に切りかかってくることもある。一緒にいる私がやられそうになることもあるから勘弁してほしいものだ。

 もっとも、そういう人は大体が一撃もヨハクに入れることが出来ず、またヨハクからも一切手を出さないためどちらも怪我無く終わる場合がほとんどだったりする。

 攻撃を喰らわないのは分かるが、何故手を出さないのか?と聞いてみたことがあるが答えは簡単だった。


「だって、相手を傷つけたら気分が悪いじゃないですか」


 相手が自分を傷つけようとしてきているのだから別に傷つけ返してもいいと思うのだが、どうやら彼の考えは違うらしい。

 その辺が常人である自分と、超越者である彼の違いかもしれないな。とぼんやり思っているが、聞いたことはないのでわからない。


「……それにしても、この世界では手合わせを願われることが多いわね」


 老若男女問わず全員が剣を佩いている世界だ、戦いに重きを置いている人が多いのかもしれない。

 さすがに光速を超える斬撃を放って来たのは先ほどの男が唯一だが、全員が一定以上の水準にあるように思える。


「そうですね、疲れましたか?」


「ううん。アンタが戦ってるのを見るのは嫌いじゃないし、私自身は誰にも挑まれたりしないから平気よ」


 私は超越者と一緒に旅行しているだけの一般人だ。そんなのとわざわざ戦いたがる奴はいないのだろう。そもそも剣を持っていないので戦えと言われても困るのだが。


「ふふっ、では行きましょうか。この世界ではどうやら先ほどの彼も頂点ではない模様。もしかしたら、もっと強い人がいるかもしれませんからね」


「光速越えで上限じゃないなんて、随分と物騒な世界ね」


 目の前には高速の数段上を超えている男がいるが、そこは気にしないでおく。


「案外、僕より強い人もいるかもしれませんね」


「そうそういないと思うけれどね、そんな化物……そんなことよりも、私は店でお団子が食べたいわ」


「分かりました、何度かの仕合で金銭ももらえました。これだけあればお弾個くらい買えるでしょう。では、町の方へ行きましょうか」


 そう言って、二人で並んで街へと歩いていくのだった。

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