第10話 超える世界

 とても今更ながらに気になったことがある。


「今までにいくつも世界を渡っておいてから聞くのも何だけど、あんたってどうやって世界を渡ってるの?」


「本当に今さらですね」


 ヨハクはどこか呆れたように言う。

 仕方がないではないか、世界を移動する際は彼の手を取った次の瞬間にはもう次の世界にいるのだ。

 今まであまりに自然にやっていたから疑問に思う暇も無かったのだ。


「いつ気になろうと私の勝手でしょう。本当は何個か前の世界でふと気になったから移動する際に何をどうやってるのか、調べようと注視してたんだけど……」


「分からなかったんですか?」


「全然。ほとんど魔力を使った様子もないし、どうやってるのか見当もつかないわ」


 二回目で一歩足を踏み出していることは分かったが、まさか一歩前に出ただけで世界を移動できるわけがない。

 というわけで、降参して方法を聞くことにしたのだ。


「そうですね……では順番に説明していきましょうか。以前に話したことですが、人は生身では『音速を超えられない』という話を覚えていますか?」


「えぇ、覚えているわ」


 確か、どれだけ速く動こうにも音の壁にぶつかるから生身の人間では音速を超えられないという話だ。


「その際に、超越者は法則を無視できるからエネルギーさえあれば『光速』も超えられる。までは話しましたね」


「えぇ、覚えているわ」


「では、ここからが本題です。『光速』が速さの上限ではないなら、何が速さの上限だと思いますか?」


「……?ちょっと何言ってるのわからないわね」


 『光速』が速度の上限なのは知っている。だから、逆に言えばそれを超えられるなら上限などないのではないだろうか?


「そうですね、もう少し噛み砕きますか。最初に言った様に、普通の人間には『音速』が上限です。それを超えると『光速』という科学的な上限が来ます。では、その科学的な上限を超えた先にも上限の壁があるとは思いませんか?」


「……なるほど。上限を一つ越えたからってえそれで完全に上限がなくなるわけじゃないのね」


 つまり、『光速』の上にもなんらかの速度的な上限があるのだろう。

 『光速』さえ超えられない私には想像もつかない世界だ。


「えぇ、それが物質的な上限の壁。僕は『崩壊速度』と呼んでいます」


 これにぶつかると、普通は魔力を含むあらゆるエネルギーが崩壊して元の性質を保てないんですよね。と笑いながら言う。


「ちなみに、『光速』は『音速』の約百万倍ですが、『崩壊速度』は『光速』の約十億倍ですね」


「なるほど、意味が分からないわ」


 口ぶり的にこいつはそれも超えられるのだろうか。化物だ。


「それでですね、そこを超えると次の壁が来ます」


「まだあるのね」


 もうスケールが違い過ぎて意味が分からないのだが。


「えぇ、『崩壊速度』の約一兆倍の速度、それが『世界移動速度』です。これにぶつかると、世界線を越えてしまうので別世界に移動します」


「あぁ、ここでようやく最初の話に戻るのね」


 そういえば、世界の移動方法についての話だった。


「そうです、僕たちが世界を移動している方法ですね。その速度を出しても世界線を移動しないように壁を壊すことは出来ますが、あえてその壁にぶつかると世界を移動できると言うわけです」


「じゃあ、今まで一歩踏み出していたのは」


「えぇ、一歩目で『移動速度』を出している訳ですね」


 ……ここまでの話を信じるならばこいつは一歩目の初速で『光速』の十億倍の一兆倍(つまり、何倍だ?)を出せると言ってるように聞こえるのだが。

 しかも、それでもまだまだ余裕がありそうな口ぶりだ。


「ねぇ、あんたって最高速度はどこまで出せるの?」


 興味本位で聞いてみる。


「さぁ?計測したことはありませんので。そもそも測定する方法もありませんが」


 この話も半分は伝聞ですからね。と付け加えられる。

 妙に詳しいと思ったら、知り合いで同類の超越者に聞いた話だったらしい。


「じゃあ、その友人に聞いたっていう上限を覚えてる限りでいいから話て見なさい」


「いいですよ、まず『世界移動速度』の約百兆倍。これが『法則生成速度』ですね、新しい法則が生まれるそうです」


 法則が生まれるってなんだ。


「そして、この壁を超えてさらに約五十京倍の速さを出すと『次元崩落速度』。この壁にぶつかると文字通り次元が崩落します。次元が無くなっちゃうわけです」


 ついに普段使いしない単位が出てきた。ただその速度を出しただけで次元がなくなるってどういうことだろう。というか、次元ってなくなる物なのか?


「さらに、その……何倍だったかな?とりあえずその次に来るのが『神話創生速度』です。これにぶつかると神様が創生されます」


「すでに並大抵の神様よりも凄いことしてると思うけど」


「ちなみに、僕はこの壁までなら超えたことがあります」


 こいつ、神話を作ったことがあるのか?


「ですが、知ってるのはここまでです。この先の上限は分かりませんね」


「あんたでも超えられないの?」


 まぁ、現時点ですでに十分以上に凄いことはしているが。


「先も言った様に、分かりません。これ以上の速度を出そうとしたことがないので。壁を越えられるか分かりませんし、超えられなかった時に何が起こるか分かりません。だから、意図的にこれ以上の速度を出さないようにしてるんですよ」


 そもそも世界を移動する以外では『光速』以上で走る必要があるときが稀ですからね。と彼は言う。


「はぁ、なんだかスケールが違い過ぎて訳が分からないわ。字面の上で理解は出来ても咀嚼が出来ない」


「それなら試してみますか?『神話創生速度』超え」


 そこまでなら超えても問題はないことは分かっているのでいつでも出せますよ?と提案される。


「……辞めておくわ。そんなスピード経験しても知覚できない気がするから」


 私は普通の人間なのだ。そんな神様さえ超えてそうなことはしたくない。


「そうですか、それは残念です」


 本当に残念そうに、彼は言った。

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