第9話 脆い世界

 ヨハクと共に新しい世界に降り立った。

 と同時に、降り立った地面がひび割れ、私達を中心にボロボロと崩壊し始めた。


「えっ!?ちょっと、なにこれ!」


「――――≪止まれ≫」


 ヨハクにしては珍しい、魔力を込めた言霊を用いた魔法の行使。

 その一言で、確かに大地の崩壊は止まった。

 突然に終わり始めた世界に対して、少し胸が早鐘を打っている。


「わ、私達何かしてしまったかしら?」


「いえ、これは……この世界が脆すぎますね」


 一瞬だけ目をつむって、この世界の様子を精査した彼がそう答える。


「脆すぎる?」


「言葉の通りです。物質の原子同士の結合、それが僕たちと比べて脆すぎます。簡単に言ってしまえば、サクサクのクッキーのような世界ですね」


 彼が顔の前で指をクルッと一周回す。

 すると、わずかな浮遊感と共に私達の体が宙に浮く。


「何かに触ってしまうと、そこを起点にして全てが壊れそうです。なので、こうして浮いて、何にも触れずに移動しましょうか」


 彼が私に手を差し出す。それを取りながら、一応聞いておく。


「もう、次の世界に行くと言うのはどうかしら?」


「それもありですが、折角来たんです。この世界の住人の一人や二人見てからでも遅くはないでしょう」


 そうして彼に引っ張られて空中移動を開始した。

 試しに、自力で移動するために力を込めてみたりもしたが、空気の振動でも伝うのか、ほんのわずかに力を加えただけでそこを起点に世界に亀裂が入った。

 何度か試してみたが、ちっとも上手くいかないのでもう完全に力を抜いて彼に移動も何もかも任せきりだ。


「というか、あんたはなんでそんなにすいすい移動できるのよ」


「コツがあるんですよ。力を入れるのではなく、どこにも伝えないで自分の中で力を放出するイメージですかね」


「……なるほど、分かんないわ」


 自分で動くことは諦めて、この世界では脱力を続けることにした。

 完全に脱力を続けるのも、意外と厳しいという新たな発見をしつつ移動させられていると、遠くの方に動く物体が見えてきた。


「どうやら人のようですね。さて、どうします?」


「どうするも何も、いつも通り声をかけてみればいいんじゃない?」


 普段は第一異世界人を見つけるとそうするのに、何を躊躇しているのだろうか。

 おそらく向こうからはまだ見えないだろうか、ここから見た感じだと見た目も私達とはあまり変わらない人間だ。話しかけて驚かれたり引かれることは……いや、こんな脱力して浮いてる人間がいたらおかしいか。


「……私はここから見てようか?多分、あんただけなら私に合わせて浮かなくても普通に動けるんでしょう」


「そうですね、確かにアナタを置いて行けば普通に交流できるかもしれませんが。正直に言うなら怖いんですよ」


「あんたほどの強さで何が怖いのよ」


 彼ほどの強さなら、それこそ背後から不意を打たれようが何されようがこの世界では負けることはないと思うのだが。


「逆ですね、僕が強すぎるからです。いえ、この世界が脆すぎるからと言いましょうか。自分の一挙手一投足で相手を殺して壊してしまう可能性がある。それが無性に怖い」


 そうだ、考えてみればこんな脆い世界に適応して生きている人類だ。当然、世界と同じくらいには脆いと考えるべきだろう。


「でも、あんたは何も壊さずに移動出来るんでしょう?」


「これでも、結構気を使ってはいるんですけどね。確かに、私は交流しても相手を壊さない程度の自信はありますし、そうできるでしょう。けど、その間にアナタがどうなるか分かりません」


 ちょっと遠回しな言い方だったがようやく彼が言いたいことに合点がいった。ようするに目の前の彼は。


「私が暴れないか心配ってことね」


「さすがに暴れはしないと信頼してますけどね」


 ちょっと困ったように笑いながら言う。


「暴れるは言葉のあやよ。けど、自分が見て無い所で私が力を入れちゃって世界が崩壊したら後味が悪いってことでしょう?分かるわ、あんたと違って私にはそうならないって自信はないもの」


 さっきも言った様に、脱力し続けているの存外難しい。何かの間違いでちょっと力を入れてしまい、そこから世界が崩壊する可能性は十分にある。

 そして、その時に彼が近くにいないとそのまま世界は崩壊してしまうだろう。


「はぁ、じゃあどうするのよ?」


「この距離からでも十分に人間を見ることが出来ました、もう満足です。次の世界に行きましょうか。アナタにいつまでも負担をかけているのも申し訳ないですしね」


「別に負担は無いわよ。でもそうね、行くのならさっさと行きましょう」


 ずっと脱力を続けているから、早く全身に力を入れて伸びがしたいのも事実だ。

 そう告げると、彼はまた微笑みながら次の世界へと移動を始めるのだった。

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