第7話 海の世界
「この世界には七つの海があるそうですよ」
この世界に来た初日。ご飯を食べながら、毎回のように行っている情報交換の最中にヨハクからそんな話が出た。
海がある世界など別に珍しいわけではない。
世界によって常識は変わるが、海は生命の源になる場所としては定番だ。必然、この世界のように多くの生命がいる世界ならば広い海があるのも珍しくない。
そして、その広い海が人間によって七つに分類されていることも特に興味を惹かれることではない。
だからこの情報も、多くある収集した情報の中の一つだろうと流すつもりでいた。
「そこで僕は思ったんですけど、超越者と言えど僕らは基本的には陸の上で生活しています。どうでしょう、折角七つも海があるんです。この世界では海の上で生活してみるのは?」
何を言っているんだこいつは。
――――――――
「ここが一つ目の海、
その名の通り赤い海の上で、私の手を取って佇ながら、彼は楽しそうに言う。
しかし、本当に真っ赤な海だ。まるで血のようで、ちょっと気味が悪い。
「なんでもいいけど、絶対に手を離さないでね。あんたは良くても私は落ちるから」
「水面を歩くことくらい魔術の初歩なので、クローズでも出来ると思いますが」
「……少しの時間ならね。でも、得意じゃないからあんまり長い時間は出来ないわ。これから何日か水上で生活するというのなら魔力を節約したいし、あんたのワガママに付き合ってるんだからそれくらいは察しなさい」
「分かりました。ではこの手は決して放しません」
そう言いながら、私が気付くか気づかないか程度の強さだけ、掴む手に力が入る。
それに満足しながら、私は改めて周囲を見回す。
本当に真っ赤な海だ。一体、何をどうすればこんな海ができるのだろうか。
「不思議ですよね、他にもこの世界には緑の海と黄色い海もあるそうですよ」
「海が七つあるんだっけ?だったら、虹と同じで七色あるのかしら」
それは中々に珍しいからちょっと見てみたいものだ。
「可能性はありますが、全ての海の特徴を聞いたわけではないので分かりませんね。とりあえず、ゆっくりとこの海を横断して次の海に向かいましょうか」
言って、私の手を引いて歩きだす。
「そうね、でもゆっくり歩いていたらどれだけかかるか分からないから、適度に走りなさいよ」
それにつられて、私も一緒に歩いていくのだった。
――――――――
「結局、最初に言った三色しかなかったわね」
七つの海を渡り終えての感想がそれだった。
「赤い海と、黄色い海と、緑の海……緑の海だけ4つもあったのは手抜きじゃないかしら?」
「誰が手を抜いたんですかね」
「それは、この世界を作った神様でしょう」
神様なんて、これだけ世界を周ってきて見た覚えはないから実在するのかなんて知らないけれど。
むしろ、一番神様に近いと言える存在はこの横にいる男じゃないか、という疑惑さえある。
世界を渡り歩くし、どんな世界でも魔術を使えるし、何百年と一緒にいるけれど見た目の変化が一切ないし、そもそも素の身体能力の時点でこいつ以上の存在を見たことがない。
改めて考えてみると、すごい存在と旅をしているものである。
「おや、どうしました?そんな胡乱そうなものを見る目を向けて」
「なんでもないわ。気にしないで」
じっと見つめて色々と思考を巡らせてみるが、考えても無駄だろうという結論しか出て来ない。
そもそもすべてが自分の想像を超えている存在なのだ、考えても到底答えは出ないだろう。
「そうですか。それでは七つの海も制覇したことですし、そろそろ次の世界に行きましょうか?」
「そうね……いえ、待って最後にもう一度黄色い海だけ見ていきたいわ」
確か、
あの海の上で見た日の出はとても綺麗だったから、この世界を離れるというのならもう一度くらいは見ておきたくなった。
「おや、珍しいですね。アナタが別世界に行く前にそんなことを言うなんて」
「それだけ、綺麗だったという事よ」
悪いかしら?とちょっと睨みつけるようにして答える。
「全然、文句なんてありませんよ。それでは、もう一日だけあの海で過ごしてから次の世界へ行きましょうか」
そう言ってからヨハクが一歩踏み出すと、すぐに黄色い海の真ん中にいた。
「改めてみると、黄色と言うよりも黄金ですね。この光景は」
全面の黄色。その中心で彼が呟く。
日が沈んでいるというのに、海の色は眩しいばかりの黄色で溢れていた。
暗いのに眩しい、ちょっと矛盾しているようだが目の前の光景はそう表現するほかないものだ。
「そうね、他の世界では見られないのが残念なくらい」
「また、見たくなったらこの世界に来ましょうよ。それくらいの価値はちゃんとある光景でしたから」
「それもいいわね、これで見納めにするのはもったいないもの」
もうすぐ日が昇ったら、この黄色がさらに輝いて見える。それを楽しみにしながら、ヨハクと他愛もない会話をして時間をつぶすのだった。
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