第5話 速い世界
「普通の『人』は生身では音速を超えられない。この理由は分かりますか?」
ヨハクと共に来た新たな異世界。そこで知り合ったレウスという青年と酒場で会話中に、そんな話題が出た。
彼も、ヨハクと同じ『超越者』らしくて二人は気が合ったようだ。
「いわゆる『音の壁』が存在するからですね。音速を超えると衝撃波が発生して、人体ではそれに耐えられない」
「その通りです」
ヨハクのその回答に、レウスは満足そうにうなずく。
「それなら、あんた達は何で音速超えられるのよ?なんなら、光速だって超えられるでしょう?」
「超越者だからですね」
ヨハクは抜け抜けと答える。
その回答に不満を覚えたのが顔に出たのか、レウスが補足してくれる。
「クローズさんも、魔法は使えますよね?」
「えぇ、使えるわよ。簡単なものだけだけど」
「では、魔法ってなんだと思いますか?」
「何、って……魔力を使って色々と不思議な現象を起こす事かしら」
言われてみると、普通に使っているからその定義なんて考えたことが無かった。
「大体あっていますね」
「大体、ってことは間違っていることもあるのかしら」
「間違っている訳ではありません。というか、明確な定義なんてありません。人によりますからね」
そう前置きをしてから、「自分の定義では」と自論を語りだす。
「魔法と言うものは、魔力によって『法則』を新たに作るものなんですよ。普通は手から炎が出るわけがない、けれど魔法という『法則』の中では普通に起きうることである。そういう風に『法則』の方を改変するんです」
「なんだか難しい話ね」
理解は出来ているつもりだが、その解釈があっているかどうか少し自信がない。
「ふふっ、あまりに身近すぎるから逆に理解しにくいんですね」
「そうよ、あんたは理解できてるの?」
「いえ、魔法を理屈立てて使ったことはありませんからね。感覚でやってます」
何故、そんな偉そうにそんなことを言えるのか。
「そうですね……ゲームのルールをつけ足したり、改変する感じでしょうか。チェスというゲームを御存じですか?」
「えぇ、他の世界にもあったわ」
自動翻訳魔法を使っているので、あくまでもこの世界におけるチェスによく似たルールの別のゲームだろうが、こうして翻訳されている以上大まかなルールは変わらないだろう。
「普通のチェスのルールでは相手から奪ったコマは退場して二度と使えません。ですが、自分のコマとして再利用できるようにする。という特殊ルールのゲームもあります」
「将棋みたいになりますね」
ヨハクが何か別のゲームの話を持ち出したが、私も知らない名前だ。
「将棋が何かは分かりませんが……他にもキングがクイーン以外に取られなかったり、キングがとられてもルークが無事である限り負けにならなかったり、相手にコマを取られた時は次の手番に二回続けてコマを動かせたり、そういう風に色々な特殊ルールがあります。これらをゲームの途中で突然採用する感じでしょうか」
「なるほど、その改変を現実世界のルール……『法則』に持ち込むのが『魔法』という事ね」
「そういうことです」
レウスが嬉しそうに笑って言う。
「話を戻しますと、『人間は生身では音速を超えられない』。これは音の壁を超えると衝撃波が発生するから。ならば、この『法則』を改変して『人間が生身で音速を超えても問題がない』ルールにするために、音の壁を越えても衝撃波が発生しないという風にしているので俺たち超越者は音速を超えられるんですよ」
「じゃあ、光速を超えられるのは何でよ。光速を超えるは人間がどうこうじゃなくて物理的に無理でしょう?」
「クローズ、それも原理は同じですよ」
レウスは優しい教師のような態度で教えてくれる。
「光速を超えられない、その理由は色々とありますが……一番は相対性理論の法則によって速度が上がるほどに空間が歪むからです。ならば、速度がどれだけ上がっても空間が歪まないという風に『法則』を改変してしまえば、あとは根性とエネルギーしだいで光速は越えられます」
「……なる、ほど?」
ちょっと難しい話になってきたから、咀嚼しきれていないかもしれないが、とりあえずの理解は出来た。
「ようするに、物理法則を捻じ曲げてそれに囚われなくなるのが『魔法』ってことで、それを意識的か無意識的かの違いはあれ、自然に出来るのが僕たち『超越者』なんですよ」
なんか、ヨハクに上手いことまとめられたのは納得がいかない。
「まっ、こんなのはただの雑談ですから。僕も半分くらいしか理解は出来ていませんが、楽しめればいいんですよ」
「そうですね、知識とは必要なときに必要なものがあればいいんです。理解できないのなら、今は必要がないという事でしょう」
二人に慰められるように言われるのはさらに納得がいかない。
「はぁ……いいわ。今日はもっと飲みましょう。飲んで忘れてやるわ」
そうして、私はレウスの奢りだというのを良いことに、この酒場で一番高いお酒を頼むのだった。
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