第4話 歌う世界
歌が聞こえる。
ある時はテンポが良くて楽しい歌が、ある時は切なくなる悲しい歌が、ある時はテンションが上がる情熱的な歌が。
この世界では、どこにいても歌が聞こえる。
「……最初は物珍しかったけど、さすがに一日中歌が聞こえるのはうるさいわね」
「そうですか?うるさすぎない、良い声だと思いますが」
「確かにうるさいは言い過ぎだったかもしれない。でも、いい声すぎて耳に常に入ってくるのは邪魔なのよ」
夜に眠る際とか特に邪魔だった。うるさくはないけど常に聴覚が刺激されているせいで安眠出来た気がしない。そもそも、今もヨハクとの会話の邪魔になっている。
「ふむ、ならばいっそ原因を突き止めて止めちゃいます?」
「そこまでしなくていいわよ。そもそも言われても無いのに世界に干渉するのはあんた嫌いでしょう」
「そうですね……『人』の多くが困っていて、かつ僕にどうにか出来ることでしたら止めるのもやぶさかではありませんが。今回はそうでもないみたいですしね」
何人かに話を聞いてみたが、歌がうるさくて困っているのはこの世界では異物である私だけみたいだ。同じ異物のはずの目の前の男は特に困っている様子は無いし……なんか、それはそれでちょっとムカついてきた。
「でも、止めることはしないとしても、この歌がどこから聞こえてくるのかは気になりますね」
どこからともなく流れてくる陽気なメロディに乗せた歌を聞きながら、彼はそう言った。それは、確かに私も気になっていたことだ。
「でも、聞き込みをしても無駄だったのよね」
「えぇ、みなさんあまりに当たり前に聞こえてくるので、そもそもこれが歌だという意識がありません。そして当たり前になりすぎているので、どこから聞こえてくるのかという疑問を持つ人がいないらしく、解明しようとする以前の問題です」
彼がやれやれと肩をすくめる。
日常に普遍的に存在しているせいで、それがおかしいという意識が無く、原因を調べようとも思わない。それは多くの世界で見てきたことだ。
それは決して愚かな事ではない。腕がある人にとって右腕の動かし方が分からなくても何も問題が無いのなら、わざわざその理由を追求しようとはしないのと同じだ。
「聞き込みで情報が全くなかったのは確かだけど、じゃあどうするの?諦める?」
「そうですね、諦めても何ら問題は無いですが、ちょっと気になりますからね。仕方ないので、足で何とかしますか」
言って、彼は微笑んだ。
――――――――
足で何とかする。ようするにその辺を走り回って手がかりを探すという事だが、彼にかかればあっけないものだ。
「五週ほど世界を周って気が付いたんですけどね、どこでも歌の大きさが同じだったんですよ」
彼は私に向けて説明してくれる。
「この世界では音が距離によって減衰しないのか?とも一瞬思いましたが、この歌以外の音はちゃんと距離によって減衰します。この歌だけが特別という可能性もありますが、そうだとも思えなかった」
なら、どういうことか。彼は両手で空と地面を指さす。
「つまるところ、この世界の上か下か。どちらかから聞こえていると考えるのが正しいかなと思いましてね」
「……それで、どちらだったんだ?」
「はい、答えは上……宇宙から聞こえているものでした」
彼曰く、この世界のこの星には月のような衛星があり、それが歌っているらしい。
「……星が、歌うのか?」
「はい、星が生きている世界もあるんですね」
「歌ってるように聞こえる自然音とかではなく?」
「えぇ、実際に生きていて歌ってましたよ」
「見てきたのか?」
「えぇ、一緒に行きます?さすがに間近で聞くとちょっとうるさかったですが」
言って、彼は手を差し伸べてくる。この手を取れば、多分一瞬で月まで連れて行ってくれるのだろう。
彼と二人で月に行く。それ自体はちょっとロマンチックで魅力的な提案に思えた、が。
「……やめておくわ。今でさえ、うるさくて煩わしいのだから、そんな間近でもっとうるさい音を聞きたくなんてないもの」
「そうですか、それは残念です」
彼は、大して残念でもなさそうに手を引っ込めた。
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