第3話 戦う世界
その世界では戦いが続いていた。
魔族と呼ばれる存在と、人間による幾千幾万年にわたる戦い。
どちらかが滅ぶまできっと終わることはないその戦いは、今日も続いている。
「……というのが、この世界の日常だというのは本当らしいわね」
目の前の平原では二つの軍隊がぶつかり合っている。
そこからかなり離れた位置にある小高い丘から、ヨハクと共にその戦いを見ていたが正直うんざりしていた。
「よくもまぁ、何万年も戦いを続けられるわね。きっかけは何だったのかしらね」
「多分、今となっては戦うことそのものが目的となっていてその理由を知ってる人はいないと思うよ」
それはそうであろう。何万年も戦い続けているというのが本当なら、当事者はとっくに死んでいて当時を知るものなど誰もいないのだろうから。
「はぁ、でも戦い続けてる割には平和なものね……」
言いながら、戦場を改めて観察する。
その手には、誰も武器一つ持っていない。防具も付けてはいない、なんなら服を着ているものも一人もいない。
全員が、文字通りの徒手空拳のみで戦っていた。
「戦いに道具を使う、という概念が無いんだろうね。いやぁ、以前あった兵器を使って互いに蹂躙しあう世界を見た後だと確かに平和にも見えるよ」
「それでも、服くらいは着てほしいものね。見苦しいわ」
目を凝らして見ようと思えば、いくらでも局部が見えてしまうのはあまりいい気分ではない。
「あぁ、だからさっきから微妙に目をそらしているんだね」
「分かっているのなら黙っていなさい、まったく見えすぎるのも困りものね」
もちろん、見ようとしなければ見えないのだから問題は無いが。
「でも、本当に不思議ね。どちらの種族でも国では普通に服も来ているし、武器になりそうなものもあるし、あまり発展はしていないけれど魔法もあるし、当然文明もあった。それでもなお、こうして素手だけで戦い続けているなんて」
「不合理だと思うかい?」
「えぇ、それはもう。相手を殺したいのなら武器を使えばいいのに、それをしていないのだもの」
これでは、ただ戦うために戦っているだけだ。そんな無意味なことがあるだろうか。
「それがこの世界では大事なんだろうよ。僕にも理解はできるわけじゃないけれど、それでもそういうものだと納得は出来る」
「そういうものかしらね」
もう一度戦場を見る。
魔族――――と呼ばれている耳が長いだけの『人』が、人間と呼ばれている『人』を殴り飛ばす。
この世界には確かに二種類の『人』が存在しているが、それでもこの二種族の『人』の間には、耳の長さしか違いがない。
「本当、それくらい飲み込んで仲良くすればいいのに」
「それが出来ないのも、また『人』だよ」
訳知り顔で言うヨハクが、少しばかり頭にくる。
私だって頭では分かっているのだ。世界毎に常識が違うことも、その常識によっては私にとっては大したことがない事でも断絶するという事も。
何度も世界を渡ったことで、私も頭では納得できている。
「それでも理解はできないのよね」
「いっそ、理解できるようになるまで、この世界に滞在しようか?」
彼がからかってそんな提案をしてくる。
「いいえ。むしろ、この世界のことは大体見終わったでしょう?そろそろ次に行きましょう」
「おや、もういいのかい?」
「えぇ、見ていて楽しいものでもないわ」
「そっか、それじゃあ行こうか」
彼が手を伸ばす。その手を取る前に、最後にもう一度だけこの世界の洗浄を振り返った。
「……彼らを愚かだと思うのは、ただの私の傲慢さゆえなのでしょうね」
ポツリと呟くと、ヨハクの手を取る。
次の瞬間には、小高い丘の上にはもう誰もいない。
ただ、遠くの戦場からの戦いの音が響くだけだった。
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