32.「へぇ」
「稲穂ちゃんの職場にいい人いないの?」
BARのお決まりの文句は飽きてしまった。
飲み会帰りにイキツケに行くのが最近の私のルーティーンだった。
「飲み会はクソだ!」と言いきる私を、いつもマスターは笑う。大衆BARは、かしこまらずに愚痴をこぼせるし、居心地が良い。
「いい人?」
でも、このお決まりの文句は飽きてしまった。マスターはいっつもそうだ。恋愛が好き、よりもネタを探している。面白いことが好き? なら、私も面白おかしく言っちゃおうかな。本当か嘘かは別にして。
「いないですよ~。そもそも、私は無理なんです」
ふんふんと頷くマスター。
「こう、相性が合わないというか」
ぐいっと温かい珈琲を飲んだ。舌に苦みが絡みついて離さない。
「私のことなんて視野にいれてないし、そもそも、職場で『気が合う~』『旦那さんいなければ、付き合ってたかも』ってバイトさんと話してるし」
あの方は、とてもとても良い人で。優しくて。いつも楽しそうにおしゃべりをしていて。
それをデレデレと、先輩は!
話してても、書いててもムカムカしてきた。
「女性の話ばっかりしてるし。これ好き、あれ好きって、かわいい子の話をするしで、うつつを抜かし過ぎてる。そんなにあっちいってこっち行ってふらふらしてるままで誰かと付き合おうとか、ない」
「へぇ」
と、マスターが相槌をうって、はっと口をすぼめた。
言い過ぎた。
「へえぇえぇぇぇ」
と長い「へぇ」に、思わずもう一口コーヒーをごくんっと飲んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます