刻まれた夢
「ねぇ…………黒瀬君。今から僕の言うことをよく聞いて」
俺を呼ぶ優の声が聞こえる。
真剣な眼差しを向けてきたかと思うと、次は悲しそうに笑いながら話し出した。
「どうしたんだ? 優。そんな顔して」
「僕に残された時間は一週間みたいなんだ」
「…………どういうことだよ」
正直、意味がわからない。
一週間しか時間が残されていない? もしかして…………思い当たる節はあるかな。
「驚いたかい?」
「そりゃ驚くだろ。本当なのか?」
「ああ。本当さ」
「どうしてわかったんだ?」
「それはね…………」
優は何かを言いかけていたが、キーンという突然の耳鳴りにより、聞き取ることができなかった。
「なんだ!?急に目の前が――」
優の姿はとうに消え、果てしなく続く黒が目に入ったと思うと、次の瞬間には見飽きた光景が目の前に広がった。
「っ!!」
右には窓。左にはドア。そして正面には机。
目に映るのはいつも見ている、自分の部屋。
「夢か…………」
内心安堵しつつ、汗で濡れた服を洗濯機に朝風呂を済ます。
普段は朝風呂に入ることはないが、今回は仕方がない……か。
制服のボタンを止め、女手一つで俺を育ててくれている、いわゆるシングルマザーと呼ばれる母親に「いってくる」と一言残し、学校へと向かう。
ちなみに、父親は俺がまだ小学生の頃に行方不明になったっきりだ。だが、これはまた別の話。
教室に入ると、雪乃から「おはよう!」と笑顔が飛んできたが、スルー。後ろから「なによ! もー!」と聞こえた気がするが、夢のこともあり、誰かと話す気にはなれなかった。
始業のベルが鳴り響き、現代文の授業が開始する。
現代文の先生は名を灰谷と言い、高身長に運動ができる、というなかなかのハイスペックなのだが、人付き合いが下手で、瞳は遠くの方を見つめている感じがする。
そんな異様な見た目からか、生徒からの人気は薄い方だ。
(あれは一体なんだったんだ……優が一週間で死ぬ?あるはずないよな……夢だとはわかっていても、可能性は捨てきれない。何故だろう、夢の光景が脳裏に焼き付いて離れない。)
「じゃあ、ここを...黒瀬!」
(今日、優は来ているのか?もし来てるなら...)
(ちょっと!来夢!当てられてるわよ!)
「は?」
俯いていた顔を上げると、灰谷がギョロギョロとした瞳をこちらに向け、難しい顔で俺を睨んでいた。
「黒瀬。後で職員室な」
「…………はい」
「じゃあ隣の雪乃!」
「あ、は、はい!」
◇◇◇
そして放課後。
足早に職員室へと向かった所を雪乃に呼び止められた。
「ちょっと」
「なんだ?」
「なんだじゃないわよ!今日の来夢、なんか変よ?」
「そうか? 別に普通だ」
「どこが普通なのよ! 一日中ぼーっとして………」
「悩み事だ」
「相談くらい……! してくれてもいいでしょ……」
「大したことじゃない。悪い、先を急ぐから」
そう言うと、来夢はさっさと職員室へと向かっていった。
彼はこんな性格からか、よく他人を傷つけてきた。
勿論、本人は無自覚なのだが。
「…………いつもそうなんだから」
遠くなってゆく背中を見つめ、少女は雪のようにい長髪を窓風に靡かせながらそう呟いた。
ガラッ。
「失礼します」
何やら聞き覚えのある声がする。
「はい……はい…………そうですか。では、僕はこれで」
そして見覚えのある少年は来夢の開けた後ろのドアとは反対の、前のドアから退室していった。
「あれは……優…………!」
追いかけようかとも思ったが、灰谷に呼び止められ、仕方なく向き合う。
「待て、どこへ行くつもりなんだ?」
「優を追いかけにいこうと」
「理由はなんだ?」
「こちらの事情なので」
「私に知る権利はないが、ここへ来たばかりだというのに居なくなられても困る。相応の理由があるなら聞かせてくれ」
「それもそうですね。仕方がありません、ここに残ることにします。簡潔にお願いします」
「黒瀬…………それが叱られる時の態度なのか?」
二人の間に不穏な空気が流れる。
灰谷は考えるようにして首を傾げ、やがて口を割った。
「もしかして黒瀬、明石の病気について気になっているのか?」
「そんなとこです」
「どこまで知ってる?」
「まだ何も…………ですが、夢で聞いた言葉が頭から離れなくて」
「どんな夢だったんだ」
「優が自分には一週間しか時間が残されていない、と俺に言う夢です。もういいですか」
「…………あぁ。気をつけて帰れよ」
質問攻めにされたが、意外と早く済んでよかった。
灰谷はまだ何か言おうとしていたが、逡巡している所でさっさと退室することにした。
部室にいけば優がいるかもしれない……
俺は小走りで部室へと向かった。
ガラッ。
部室の戸を開くと、いつもの面々と、久々に優の姿があった。
「優。少しいいか」
「いいよ。って、黒瀬君ったら怖い顔してるよ。一体どうしたんだい?」
「後数日でいなくなる、とかないよな?」
「…………あぁ。そういうことね」
優は何かを悟ったかのように頷いた。
「もし僕の病気のことを指しているのだとしたら、杞憂だよ」
「ごめん…………でも気になるんだ」
「まだその時じゃないんだ。ごめんね」
僕に何かあるなんて青天の霹靂ってもんだよ、と優はクスリ、と笑う。
「はいそこー!! こそこそ話すんじゃあない! 全員揃ったことだし、始めるぞ!」
「え、何をだ?」
「忘れたのかよ来夢! 研究テーマを俺様が振り分けてやっただろ? それの発表だよ」
え...忘れてたぁぁぁぁぁ!!!
完っっっ全に忘れてた。
まあ、調べたことだけでも話すか。
「じゃあ俺様から!」
相当自信があるのだろう、ドヤ顔をやめない大地はしらーっとした空気さえも感じてない様子で話し始めた。
「実際におもしろい夢をみるまでいろいろ試してみたぜ! まぁ結論から言うと、成功だ! 枕の下に遊園地に行った時の写真を置いたら見事に遊園地の夢が見れたぜ!」
「私いきまーす」
はははははっ、と完全に天狗になった大地の言葉を耳にもせず雪乃が話しだす。
「残念だけど、私は失敗。あることをしてから、どこからか視線を感じるようになって...怖い夢をみちゃったの」
「あることって?」
「まだ内緒。舞、先にお願い」
「承知した」
と、ここで舞が悲しい夢について話し出したのだが…………予期せぬ事態が起こった。
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