第92階層
「何も無いってどういう事なのですか?」
「文字通りの意味ですよ、空の向こうには本当に何もありません」
水も、大地も、空気すらも。
「もし、有人飛行を目指すのなら、最初に空気を持ち込まないといけませんよ」
空の向こう、宇宙では空気が無いので息が出来ないと言う。
さらに生身で生存できる環境ではなく、太陽の日が当たれば灼熱の温度になるし、太陽の日が隠れれば絶対零度の超低温となる。
もし生身で宇宙に飛び出したら、数秒で意識を失い、数分もすれば死に至る。
等と言う。
なんで他人事なのこの人。
そう言うのはもっと早くに言うべきじゃな~い?
私達が失敗して泣き付いて来るのを待っているの?
見た目も大したことは無い、性格も雰囲気も最悪って、どうしてこんな人を好きなの?
理解できないよ~。
どうせ共有するなら、イケメンまでは言わない、せめて性格の良い人にしてよ。
女王様が目を覚まさないかな~。
無理かな~。
好き好きビームを全身から発しているからな~。
どうしてそれに気づかないのか、この人。
そこでも人間としても魅力が半減だよ。
あんな美人に迫られて、なんとも思わないなんて。
やっぱ宇宙人じゃね?
「そんな知識はどこで覚えたのですか?」
「ダンジョンなら、それぐらい知っていてもおかしくありませんよ」
「アクレイシス女王がハーキャットさんとメイクィースさんに聞いた様ですが、知らないと返されたらしいですよ」
イースさんが怪訝な表情を見せる。
「女王陛下が……? ダンジョンと言葉を交わすには……」
「日本語でしょ? アクレイシス女王は知っているよ」
イースさんが初めて、驚いた様な表情を見せる。
おや、この人にも驚くなんて感情があったんだ。
そして、気まずそうに視線を逸らす。
やっぱこの人、怪し~い。
それではそろそろ終わりにしましょうか、と慌てて話を打ち切る。
ますます怪しい。
追い立てられるように部屋の外へ出される。
私は部屋まで護衛をしてくれているファリスさんに問いかける。
「ねえ、イースさんって、胡散臭くない?」
「えっ、今更!?」
今更って言う事は、この人もそう思っていたんだ……
なんでそんな胡散臭い人に仕えているのだろう?
そう思って聞いてみる。
「私がイース様に仕えている理由ですか?」
「だってほら、ファリスさんぐらい優秀な人が、どうしてあんな人に仕えているのか気になって」
「う~ん……まあ、言いたい事は分かりますよ」
私だって最初の頃は、どうやって寝首を掻いてやろうかと思っていましたしね。等と怖い事を言う。
一体、何やったのイースさん。
命を狙われるなんて、どんだけ非道な手段で勧誘したんだろう。
「まっ、非道っちゃ、非道ですかねえ……とはいえ……」
今では仕えていて良かったと思っていますよ。と答える。
上からみたイース様は、そりゃ頼りなくて、なにかやらかしそうな雰囲気もあって怖そうですが、部下から見た上司としては中々の物ですよ。
無理難題は言わないし、危ない事は率先して避けようとする。
失敗しても怒鳴られる事は無いし、どうすれば良かったか一緒になって考えてくれる。
「あなた達の事だって決して見放している訳ではありませんよ」
イース様は、はたから見たら何もかもに興味が無さそうな雰囲気ですが、決してそんな事は有りません。
いつだって誰かが無茶な事をやらかしていないか心配を成されています。
あなた達のプロジェクトにも私達の仲間が入り込み、何かあればすぐに知らせてくるように命じられています。
「イース様は直接、ああしろ、こうしろ、とは言って来ません。大きな指針だけ示せば後は各自の判断に任せています」
どんな名言を聞くよりも、自分で経験する事が一番の糧になると。
アクレイシス女王の暴走だって、自分はバックアップする事だけを考えていれば良いと。
最初からダメだとは言わないし、こうしたら良いとも言わない。
その代わり、ダメだった時はすぐにフォローが出来る体制を整えているし、良かった事はしっかりと褒めてくれる。
「もし私が、優秀な人物だと思って頂けるのなら、それはきっとイース様のおかげでありましょう」
「そんな凄い人には思えないんだけど……」
「でしたら、もう少し、イース様を観察されてはどうでしょうか?」
イースさんを観察かあ……
宇宙の謎も解けたし、次は彼の謎を追うのもありかも知れない。
「あと皆さん、良く忘れられているようですが、もし、イース様がいなかったら、というのを考えて欲しいですね」
ふむ……イースさんが居なかったら、か。
「私など、散々こき使われた挙句、どっかで野垂れ死んでいたでしょうね」
そう言って遠い目をするファリスさん。
そうだね~、私もまた、帝国の皇宮で胃の痛みと戦いながら、皇帝の後継者として育てられていたかも知れない。
いやでもさ、もっと、ほら、普通の人があの知識を持って生まれていたら?
「そうですね、そうなると世の中はもっと良くなっていたかも知れませんが、私やあなたはどうでしょうかね?」
なにせ自分の命を狙って来た暗殺者だ、雇おうなどとは思わず、その場で殺されるか、良くて投獄。
ウドゥなど、組織ごと消滅していただろう。
イースチルドレンもあれほど大規模にはならない。
あなただって、悪の帝国として、国と共に滅ぼされていたかも知れませんよ。
等と言う。
「普通の人はですね、自分と、自分の周りの事しか考えません。救うとしても、身近に居る者か、持ち上げるにしてもある程度上からになります」
しかし、イース様は一番下から持ち上げようとする。
社会に居る、最底辺から救おうとする。
それがたとえ、自分の命を狙う極悪非道の集まりであったとしてもだ。
自らが被害を受けても、復讐などは考えず、どうすれば自分を襲って来た人も一緒に笑えるかを考える。
「そんな人など居ますか?」
「えっと……ファリスさん、もしかして、ちょっと怒っています?」
「私がですか?」
そう言って、少し考え込む素振りを見せる。
なんだか釈然としませんね、と呟いている。
いや、こっちの方が釈然としないんだが?
「まあ、何はともあれ、イース様の悪口を言うのなら周りには気を付けた方が良いですよ」
私ですら、ちょっとイラッと来るのですから、信者辺りに聞かれると、困ったことになりますよ。と忠告してくれるのだった。
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