第76階層 とある皇帝陛下
「イース卿の言っていた事は本当だと思われますか?」
「嘘を教えている訳では無いだろう、真実かどうかは別としても」
本日は、半日ほど使ってイース卿より、人体の構造についての説明があった。
「恐ろしい……この様な物まで作っているとは……」
我が側近の一人がとある物を指さす。
そこにあったのは、人を模した人形。
ただ、普通の人形ではない。
皮膚の部分が取り外し出来るようになっており、その中には――――人と同じ、臓器が犇めいた。
イース卿はそれを、人体模型と呼んだ。
「この街では医療が無料と聞いて驚いていたが……ここまで人の構造を知り尽くしているからこそ可能な物だったのか」
「ええ、治す場所を正確に理解出来れば、魔力の消費も抑えられましょう」
「それだけは無い、魔法を使わぬ医療、なる物もあると聞く」
物を直すのには、物の構造を知っておかねばならぬ。
人を治すのには、人の構造を知っておかねばならぬ。
考えてみれば単純な話である。
「無理を言って、暫くの間この人体模型を借り受ける事が出来た」
「はい、本国に送って、複製させましょう」
「その際に、決してカーラード王国を侮ってはならぬと付け足しておけ」
まあ、その様な事をせずともコレを見ただけで、どれほどこの国が進んでいるのか分かるだろう。
人を治す方法を知るという事は、人を壊す方法も知る事に繋がる。
彼の言う事が本当ならば、態々、首を落とさずとも、針の一刺しで人は死に至る。
カーラード王国の軍事力は未だ把握しきれていないが、儀礼的な騎士団である女王直轄の女性騎士団ですら、無傷でゴーレムを瞬殺出来る力を持つと言う。
相手が人であるならば、もっと容易く屠る事も出来るであろう。
「本当に恐ろしい国でありますな」
「いや、恐ろしいのは国ではない、あのイース卿だ」
諜報員が調べて来た事によれば、カーラード王国とて数年前までは、他の未開国と大差はなかったという話だ。
ここ最近、急に発展を遂げていると言う。
その中心は全てイース卿。
このダンジョンもイース卿が見つけた物であるし、様々な先進的な道具を開発している商会も、イース卿の息がかかっている者達で構成されていると言う。
さらに、穀物を食用としようとしたのもイース卿だ。
「我々は、リニアモンスターカーの運用や、穀物の販売に関して、随分と譲歩を引き出したつもりではありましたが、彼らにとっては『その程度』の事であったのかも知れませぬ」
諜報部隊を率いている長が、そう言いながら分厚い一冊の本を取り出す。
そして付箋をしているページを開く。
「この本はとある筋から手に入れた物で、全て暗号で書かれています」
しかし、所々に挿絵があり、多少の解読は進んでいると言う。
指し示したページには、リニアモンスターカーらしき物体が描かれている。
そしてそれが描かれたページは、その本の僅か数ページでしかない。
それ以外のページには、空を飛ぶ鳥の様な乗り物に、馬の居ない地上を走る乗り物。
さらには海の上に浮かぶ鉄の船だったり、街一つを吹き飛ばしている巨大なキノコ雲まで描かれていた。
まさか……あの、リニアモンスターカーは、彼らが持つモノのほんの一部でしか無いと言うのか?
まだまだ先が…………あると言うのか?
「我らはカーラード王国を利用しているつもりが、利用されているのは我らの方やも知れませぬぞ」
「本国にこの事は正確に伝わっているのか? カーラード王国を下に見ていると、手痛い目に合いかねん」
「陛下、我々がここに留まって居て正解でありましたな」
そうだな……何はともあれ……
私は自分の腹をポンと叩く。
まずはこっちだな。
「その事は後程……そろそろ時間だ、トレーニングルームとやらに向かうか」
地上一つ手前の階層にある、トレーニングルームへ全員で向かう。
イース卿より、胃・肝臓・腸、それぞれがどういった役目を持ち、肥満になると、どういった影響があるか、人体模型を用いて説明を受けた。
その影響を抑える為に午後からは減量メニューを行うと言う。
そのトレーニングルームには、数名の女性が待っていた。
「本日より暫くの間ご指導させて頂きます、カーラード王国・アクレイシス女王陛下直轄騎士団、桜花騎士団団長、シオン・クライセスと申します、よろしくお願いいたします」
女王直轄の桜花騎士団の団員達が、数日間に渡って我々にトレーニングの指導をしてくれると言う。
「まずは一週間ほど頑張ってみましょう」
「一週間ぐらいなら……」
「うむ、そうだな、それぐらいなら問題はあるまい」
一週間で済むはずがなかろう。
私はクレスフィズからこっそり話を聞いているから知っているが、およそ100日を予定しているそうだ。
少しずつ、もうちょっとですね、あともう少し、と日を伸ばして行く。
最初から100日、等と言われればやる気も失うと言う物。
その辺りの知恵比べでも我らは負けておるなあ。
しかしこれも美味なる料理を食べる為に必要な事。
初めてパンを口にしたときは衝撃であった。
これは、雲を食べているのかと思ったほどだ。
ふっくらとして、頬張る先から口の中で消えていく。
茎の様な硬さも、葉の様な引っ掛かりも無い。
とても柔らかく、舌触りも非常に良い。
口の中で咀嚼している間の幸福感よ。
しかも、ケーキ等と言う意味の分からない物体も存在していた。
アレはもう、食べ物と言うより、芸術品だ。
アレを食べた時、皇帝の地位など投げ出して、ケーキ職人になろうかと思ったほどだ。
あとはあのゲテモノ料理の様な、キャレーとか言う食べ物だな。
キャロルゥ等と言うヘドロの様な物を加工して作られる辛めの食べ物。
米と言う穀物と非常にあう。
まあ、私はケーキ派だが、宰相はキャレー派だな。
久しぶりに互いに論戦を繰り広げてしまったわ。
結局の所、どっちも美味いで決着が着いたが、帝国貴族の中には未だにくすぶっている論争である。
その料理を腹いっぱい食べるためにも、ここでのトレーニングは必須なのだ。
ほらみろ、皆、目の色が変わっておるわ。
ともすれば、国の行く末を話していた時よりも真剣な表情かも知れぬ。
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