第35階層

「そこに居る女性は誰だ?」

「私の婚約者です」


 まだ諦めるのは早い。


 面影はあるだろうが、まさか王子が女装しているとは思うまい。

 普通ならな。

 普通じゃないからなあ、この王子様。


 そして、それを皆が知っている

 多分気づいているだろうが、とりあえずゴリ押しだ!


「お前、婚約者とか無理があるだろ……何時の間に出来たんだと言う話だぞ」


 そう言っとけば、さすがにひん剥いたりはしまい。


 なにせ貴族当主の婚約者だ、本来なら指一本触れる事すら憚られる。

 そして、剥かれない限り王子だとは確信出来まい。

 疑わしきは罰せずだ。


 確信出来ない限り連行も出来まい。


「まあ、俺の知らないうちに出来ている、という可能性もあるか」


 おっ、兄上も乗って来てくれたか?

 ここで兄上が、王子は居なかったで帰ってくれれば、全部解決だ。

 後はコイツをリニアモンスターカーにぶち込んで、領地で監禁しとけば万事オッケー。


 第二王子の思惑はともかく、ボルヴェイン兄上が貴族当主になりたいなど思わない。


 自己鍛錬だけがアイデンティティ。

 体が鈍りそうなデスクワークなんてやりたがる訳がない。

 実際、そう言って一度は辞退している。


「しかし……良いのか?」


 そう言って、オレと王子を交互に見やる。

 仕方ないんですよ、ここまできたら毒を食らわば皿まで。

 王子様がこうなったのも、半分以上はオレの責任である様な気もするし。


 こうなったらもう、一蓮托生ですわ。


 王子の方は俯いて声を潜めている。

 さすがにここで騒ぎ出したりしない分別はあるようだ。

 男同士で婚約者ってどういう事だ、などと、心の中では罵倒しているかも知れないが、今は堪えて欲しい。


「分かった。そこまで言うなら何も言うまい。もしもの時は言え、俺はいつでもお前の味方だ」


 あにうえ~……さすが男前だ!


 そのセリフを聞いて、周りの騎士達の顔が真っ青になっている。

 オラ、おまえラ、ええんか? このお方が暴れたらどうなるか知ってんだろ?

 そうと決まったら、さっさと尻尾を巻いてゴーホームだぜ。


 と、一旦は落ち着くかに見えたが、


「イース・クライセス伯爵、今すぐ、そこの変態を差し出すのであれば、あなたの責は何も問わない」


 そう言って、兜を被っていた騎士が一人、前に出てくる。

 その人物が兜を脱ぐ。

 

「私はファミュ・カーラード、この国の第二王子だ」


 まさかの当事者が登場。

 これはもう駄目かな?


「今ここで私に付け、ならば、これまでの事は全て無かった事にしてやる」

「ふむ……全ての責はアクレイシス王子にあると、そう言う事ですかね?」

「その通りだ」


 そのアクレイシス王子がオレの方を見て、愕然とした表情をする。


 ここでまさかの大逆転。

 これまでの事、と言うのは、当然、地下の例のヤツも含まれるよね。

 第二王子は堅物とばかり思っていたが、案外、話の分かるお方かもしれない。


「それはとても魅力的な提案ですね」


 アクレイシス王子はビクリと肩を震わせる。


「分かりました、ファミュ王子が王位を継ぐ事には反対を致しません。むしろ応援させて頂こうと思います」


 そうして、がっくりと項垂れる。


「それでは、そこの変態は連行させて貰うぞ」

「ふむ……そこの変態とはどなたの事でしょうか?」

「決まっている、女装などをしている、我が家の恥知らずだ」


「ふむ……ここに居るのは、私と……私の婚約者であるサクラ姫だけですが?」


 どこに変態など居るのでしょうね。とオレは答える。


 すると、驚いた表情でオレの方を見上げるサクラ姫。

 前にも言ったが、オレはこの王子様の事は嫌いじゃない。

 むしろ、人としては好ましいとすら思っている。


 王になれないのは仕方ないとしても、酷い目に合うと分かっていながら差し出すつもりは毛頭ない。


「…………この期に及んで庇い建てする気か?」

「何の事か分かりかねますね」

「ならば、先ほどの話も無かった事になるぞ」


「構いませんよ、このイース・クライセスを侮らないでもらいたい。わが身可愛さに友を売るような存在では決してありません」


 イース君……と言って、感動した面持ちでオレの方を見てくる、サクラ姫。


「なぜだ! なぜ、こんな奴に君ほどの者が!? いいか、このまま匿えば、君はおろか、クライセス家にも害が及ぶのだぞ!」


 オレはボルヴェイン兄上を見やる。

 力強くうなずく兄上。

 頼もしいかぎりだ。


 損か得か、じゃないんですよ王子様。


 人と人の繋がりっつ~のは、理屈じゃねぇんですわ。

 そして、そう思ってしまったら、どうしようもねぇんですよ。

 体の動きは、止めようと思えば止められる。


 でも、心の動きは、止めようと思っても止まらないんですよ。

 だから、誰もが間違うんだ。

 でも、間違った先に生まれる何かも、きっとあるんですよ。


 オレ達二人は暫くの間、睨み合う。

 どれくらいそうしていたか、ふと、サクラ姫が片手を挙げる。

 まさか……自首するつもりか?


「あの……私は正真正銘の女性です……それを証明出来れば、良いでしょうか?」


 等と言う。

 この期に及んで何を言っているんだ、この王子。

 馬鹿なのか? 馬鹿だった、いや待てよ、もしかして……


「その……あまり大勢ですと……」


 まるで女性の様な仕草でそう言ってくる。

 ボルヴェイン兄上が、お前達、外に出るぞ、と言って騎士達を引き連れていく。

 そういうとこ、気が付くのは良い所なんだが、出来れば兄上も一緒に居て欲しかった。


 きっとファミュ王子だけにして闇討ちするつもりだろ? と思っていたのだが、


「さあ、どうぞ、私を見てください、これでも私が男であると、そう仰るのでしょうか?」


 胸をはだけさせた、そこには、確かに形の良い、まあるいおっぱいが2個、シッカリと付いていた。

 えっ……まさかおめえ……


「下の方まで必要でしょうか?」

「い、いや待て、何故だ!? そんなバカな!!」


 ファミュ王子は混乱している。

 確かに女性だ、そこに居る人物は確かに女性だった。

 まさか……まさかおめえ…………性転換薬でも飲んだんか!?

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