第34階層 小耳に挟んだ事

「イース様、ちょっとそこで小耳に挟んだのですが」


 と、元暗殺者である、ファリスさんが耳元で囁く。

 この娘のちょっとそこでは、国家レベルの秘密だったりするんだが、いったいどこで小耳に挟んで来ているのやら。


「なんでも第一王子が国家反逆罪の名目で追われているそうですよ」


 何やらかしたの、あの王子。って今更じゃね?

 国の宝物庫からこっそりお宝を持ち出して、自分の小遣いに変えていたんだぞ。

 今まで捕まらなかった事自体が不思議だ。


 こないだだって、やらかしているしな。


「王から王位継承の話が出たそうですよ」

「第二王子が動きましたか……」

「はい、これまで溜めに溜まった問題行動を逐一、記録していたそうです」


 それを王様に提出して、こんな奴ぁ王に相応しくねえ、むしろ国家反逆罪として逮捕するべき、と進言したそうな。


「あの王子も年貢の納め時ですかねえ」

「人の事も言えないですがねえ」


 うちの地下にはアレがあるからなあ。

 第二王子が認めてくれりゃ済むんだが、お堅いから無理だろうなあ。

 せめて第三王子ならワンチャンあるかも?


「そこで第一王子が、今そこに来ています」

『なんやて!?』


 思わず、前世の日本語で突っ込んじまったよ。


 というか、捕まったんじゃないの?

 なんでうちに来ているの?

 不味いぞ、これじゃ共犯者だとバレ……ケフンケフン、巻き込まれてしまうぞ!


「やあやあ、お邪魔しているよ!」


 急いで客間に行くと、ウドゥがいつぞやに村に連れて来た、サクラという女性の也をした人物が寛いでいた。

 ふう、変装をして来るだけの知恵はあったようだ

 しかし、ほんと女装のレベル高ぇよなこの王子様。


「何があったのですか?」

「いやなにね、父上がそろそろ引退したいとか言い出したんだよ」

「まだまだお若く見えるじゃありませんか」


「穀物のおかげで若く見えるけど、実は結構なお歳だからねえ」


 この世界の人間のピークは30歳ぐらいだ。

 だから、大体それぐらいで代替わりするらしい。

 さらに後継者であるアクレイシス王子も20歳を超えている。


 30で引退するとすれば20で即位しても、在任期間が僅か10年足らずになってしまう。


 そうなると長期的な計画が立てづらいので、普通はもっと早くに交代するそうだ。

 ただ、穀物のおかげで寿命が延びるとすれば、まだまだ30歳は若い。

 なので、余裕を決め込んでいたのだが、そういう訳にもいかなかったらしい。


「他所の国からしたら数字しか見えないから、じじいが王様してるぜ、って侮られる場合もあるそうだよ」


 難儀な世界ですなあ。


「私は別に、弟達に王位を譲っても良いと思っているのだけど、思いのほか父上が頑固でね」


 こっちもあなたに王様になってもらわないと困るんですよね。


「良いじゃありませんか、くれるって言っているのでしょう。ならばその王冠を貰っておけば」

「どうだかねえ……それに、私なんか王になれるような器じゃないよ」

「王の器ってなんなんですかね? それがないと王様になったら駄目なのでしょうか」


 王様になるのに素質が必要だと言うのなら、速攻、血筋で選ぶのは止めるべきだ。

 王の子供が王の器である可能性など、幾何の物か。

 人を惹きつけるカリスマがある? 時流を読む先見性がある? そりゃ、あるに越した事は無いが、大体の王様はそんなモノは持っちゃいねえ。


 それでも国は続いていく。


 国政に必要なのは、カリスマでも先見性でも無い、過去を知り、未来に活かすこと。

 これまでにない新たな政策ってのは、それこそ王の器を持っている奴に任せれば良い。

 そしてそれは、今でなくても良い話。


「アクレイシス王子、あなたが良い王様になるのは難しいかもしれません。しかし、悪い王様にはならないでしょう」

「なんか微妙な評価だね」

「王としての評価などは微妙で良いのですよ。王様はお仕事、プライベートは別。王のお仕事などパパっと終わらせて、好きな事をすればよろしいじゃありませんか」


 キョトンとした目でこっちを見る。

 良いのかな、そんなので? 皆、一生懸命な中で、私だけが好きな事をして、遊び惚けて、そんな王様に誰が付いて来ると言うのだよ。

 と呟いて俯く。


「私が付いているではありませんか? 他の誰も付いて来なくともこのイース・クライセスが居ます。そして私が付いている限り、どんな難題も問題などではありません」


 そう言うと、アッハッハと笑いだす。


「なんだねその詐欺師みたいなセリフは……でも、君が言うと、ほんとに何でもやってくれそうな気がしてくるから困る」


 そう言って笑いすぎたのか、瞳に浮かんだ涙を指で拭う。

 でもね、それでも私は王になれない理由が、と小声で続けられた時だった。


「イース! イース・クライセスは居るか!!」


 と、また、オレの名を呼びながら屋敷に入って来る人物が現れる。

 しかもぞろぞろと子分を引き連れて。

 そこに現れたのは…………二番目の兄上、ボルヴェイン・クライセスと、この国の騎士団だった。


 速攻でバレてるじゃねえか、変装の意味ねえ。

 さてはコイツ、変装はしたものの、王宮から直でココに来やがったな。

 ボルヴェイン兄上はじろりと変装した王子を見やるとオレの方を向く。


「お前には第一王子を誘拐した嫌疑がかけられている。ハァ……初めて任務が命じられたと思ったら、実家の家探しとはなあ」


 ため息をつきたいのはコッチですよ。

 しかし、第二王子もとんてもない奴を差し向けて来たな。

 もしかしてオレごと拘束し、クライセス家をボルヴェイン兄上に継がす気か?


 そうすれば丸ごとゴソッと自分の懐に取り込める。さすが、賢い人の考える事は違いますねえ。

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