第24階層
さて、王子様は庇ってくれるとは言ったが、秘密に出来るなら、秘密にしておきたい。
なので、暫くは黙っていてもらう事にした。
なにせ、この王子様が庇ってくれても意味が無い可能性が多大にある。
と言うか、まず無理だろう。
だから隠せるところまでは隠しておく。
この王子様が口を滑らせる可能性もあるので、暫くは王都で見張っていなければならない。
なお、ウドゥの奴はリニアモンスターカーで村に帰って行った。
さすがにこんな短時間で帰って来るのは怪しまれるし、乗って行った馬車はどうしたって事になるからな。
てな訳で、王都の屋敷で寛いでいると、
「イース! イース・クライセスは居るか!!」
等と、叫びながら部屋に入って来る人物が約1名。
「おいイース! これはどういう事だ!!」
そのお方――――バーセルク・クライセス、我がクライセス家の長男、オレの一番上の兄にあたる人物が、机に封筒を叩きつける。
それが、どうかしましたか?
なお、タイトルはお見合い会場へのご案内となっていた。
送り元はファラ侯爵となっている。
ファラ……ああ、あのダンジョンが多数あった土地を治めていた方だ。
そういやバーセルク兄上の婚約話を匂わせたよな。
見返りに探索したダンジョンのコアを頂けるという話で。
そういや、忘れてたなあ。
「忘れてた、で済むか! そもそも、私は結婚なんてしている暇はない!!」
そう言って憤慨するバーセルク兄上。
もう良い歳なんだからいつまでも独身貴族とはいかんでしょ。
そろそろ身を固めるのも良いんじゃありませんか? などと言ってみる。
「まだまだ我が芸術は道半ば、寄り道している暇など、どこにも無いのだ」
相変わらずの芸物かぶれですねえ。
まあ、そういう風に持って行ったのはオレなんだが。
うちの両親は金遣いが荒く、絵画や宝石、骨董品などを無駄に買いあさっては飾っていた。
その所為で、一時期借金まみれになっていたほど。
そして、それを見て育ったバーセルク兄上も、両親と同じ傾向に育ちつつあった。
このままじゃ我が家は破産まっしぐらだな。と思ったオレは一計を案じ『芸術品を買う方』から『芸術品を作る方』へ誘導してみる事に決めた。
まずは音楽。
様々な楽器を作って見せ、前世の記憶から掘り出した音楽を奏でてみた。
最初の頃は鼻で笑っていたのだが、だんだんと聞く楽しみを覚えてきて、自分も演奏してみたい、となった。
ただまあ、楽器演奏はハードルが高ったのか、長続きはしなかった。
次に舞台。
前世の有名な物語を語って聞かせ、一緒に演じる。
最初の頃はおままごとだろと鼻で笑っていたのだが、だんだんと演じる楽しみを覚えてきて、一つ前の音楽と合わせてミュージカルなどにしてみたら、演じ見る楽しみを覚えた。
ただまあ、結局プロが演じた方が良いだろってなって、その筋の人を集めて楽団なんか作って唯、見るだけになってしまった。
このままじゃさらに資金が減ると思ったオレは、最後に絵画、絵を描く事を推奨してみる。
この世界、絵と言えばどんなに現実に近づけて精巧に描くか、というのが命題であった。
そこで、ペッペケペ~、トレーシングペーパ~。
半透明な用紙を用意し、ガラスなどに張り付けて下書きを行う。
それをさらに重ねて画材に書き込めば、あら、不思議、現実の世界が絵の上に再現されるではないか。
さすがにコレは人がやっているのを見ても楽しくはなかろう。
聞く楽しみ、見る楽しみ、そして作る楽しみが合わされば、立派な芸術家の誕生である。
しかし問題が発生した。
そう薬が効きすぎたのだった。
朝から晩まで部屋に籠って出てこない。
部屋の中は足の踏み場もないほど散らかっている。
そう、寝食を忘れたかのように打ち込み始めてしまったのだ。
学校を卒業と同時、家督の権限をオレに売るからアトリエを建てろと言われ、作ったらそこに籠って出てこなくなった。
それを見てご両親もオレが金を持っているのを知ったのか、そろそろおめえもいい歳だし、家を継ぐか? 自分達を養ってさえくれるならいつでも良いぞ。
とか言い出した。
要は、もう働きたくないんで、全部お前の好きにして良いからお金ちょうだいって事だった。
下の兄上は家督なんて欠片も興味が無いので、トントン拍子でオレがクライセス家を継ぐ事になった訳でもある。
オレがクライセス家の家長なんだから、婚約だって言う事を聞けよ。と言いたいところだが、言っても無駄なのは分かりきっている。
そこでだ、
オレはそっと用意していたものを皿の上に落とす。
そしてゆっくりと指でかき混ぜる。
この世界の絵具は、主に自然界にあるものから抽出して作成されている。
だから絵具は自然界にある色しか作り出せない。
そして、青色の色素をもつ自然界の物は極端に少ない。
従って、青色の絵具を作り出すのは非常に難しいのであった。
オレが知る限り、この世界に青色の絵具は売られていない。
前世でも古い時代は宝石を砕いて絵具にしていたほど。
そんな青色に染まった指を兄上の顔に近づけて左右に振る。
すると、兄上の顔も一緒に左右に揺れる。
釣れたな。
「別に話を聞くだけでも良いのですよ。行くだけも行ってもらえませんか?」
「どれだけある」
「そうですね、今はこれぐらいしか」
そう言って片手に収まるほどの小さなビンを差し出す。
「今後、どれぐらい作れる?」
「原料が宝石でしてね、縁談がまとまればもう少し」
あそこの領地では鉱物が採れる鉱山もある。
お相手の女性は突出した美人ではない。
性格もおとなしく普通で、派手に着飾る事もせず、まさしく田舎の御令嬢といった感じだ。
肖像画の題材にするには少々物足りないだろう。
それでも、この兄上には普通の嫁さんが良いと思う。
一緒になって芸術にかぶれるよりは、陰からしっかりと支えてくれる人物が良い。
出来れば、無理をする兄上を止めてくれるような人物ならなお良い。
あとはそうだな、そこにちょっとの愛があれば良いのだが……兄上には期待出来ないから、そこは妥協するしかない。
向こうさんの熱意は高いからそっちに期待するしかない。
とはいえ、最終的には二人で話し合ってからだ。
現物を見て幻滅するかもしれないし……しそうだな……ま、その時はその時だ。
兄上は何故か女性からの人気も高い、今回と同じようにダシに使う事も出来るだろう。
……苦情用の絵具を幾つか用意しとくか。
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