第20階層
商会長を退去したウドゥに店の準備が出来た事を伝えた一週間後、村にはとても奇妙な馬車が到着していた。
「どうだすげえだろ、こいつがうちの秘密兵器だぜ」
その馬車の車体にはなんと、小さいけど立派な飛行機の翼が付いていた。
そしてなんと、車体が浮いた状態で走って来たのだ。
そのおかげか、本来は半月ほどかかりそうな旅程を、僅か一週間と言う短い期間で辿り着いたようだ。
「馬車自体を魔道具で軽くするってえのは良くある話だ。さらにそれに翼を付けて、ようりょくって~のか? なんでもおめえさんがガーネットに話した奴で、車体を浮かせる事に成功しんだんだぜ」
揚力か。
そういや教えたことがあったな。
しかし、馬車に取り付けるとは……たぶんそれだけでは浮かないだろうから、魔法と科学のハイブリッドって奴だな。
「ただなあ、色々と問題もあってな、今んとこ、ここぐらいしか使えねえんだわ」
翼がある所為で幅をとってしまい、道が大きく、かつ対向馬車が走らない道でしか使えないらしい。
そのうち、翼を格納できるように変更する予定らしいが、そうすると耐久性が落ちてしまう。
今現在は色々と試作中だが、とりあえずここに来る分には使えそうだと。
比較的道も広く、対向馬車もめったに無い。
うちの領地へ続く道なら、試作品を試すにはうってつけだったようだ。
「意外と乗り心地が良かったから、道幅さえクリア出来れば流行りそうなんだがなあ」
なにせ地面と接触していない。
その為、ダイレクトにケツに響く衝撃がまったく無い。
船の様にもっと揺れるかと思ったが、ほとんど揺れがなく、乗員は全員、不調を訴える事も無かったそうだ。
そういや前世でも、飛行機は乗り物酔いしにくいと聞いたことがある。
「ところで、全員女性ばかりなんですが、大丈夫なんですか?」
なんせうちの村人は柄が悪い連中ばかりだからな。
「大丈夫だぜ、それに必要なんだろ女性が。全員納得済みで曰くつきのばっかだから問題ねえぜ。おい、おめえら自己紹介しな」
「ソシェルっす。養父を刺して家に居られなくなったんで、外で売りしてたとこを拾われたっす。腹いっぱい飯くれるって言ってたんで来たっす」
「フリーンです。その……とある病気でして、そっちの方は無理ですが、ここなら無償で治療が受けられるとお聞きしましたので……」
まあ、食事も医療もここは無償だしな。
腕の良い治癒魔法使いも居るから…………それを売りにして人集めるのも有りかもしれないな。
立地上、死と隣り合わせというデメリットも、ダンジョンホテルのおかげでだいぶ改善されてきている。
「ウリュリィズと言います。贅沢は言わないんで早く結婚したいです」
ストレートだな。まあ、うちはどんな女性であろうと、需要は高い。
「…………サクラ……です」
「最後のこいつは、俺からおめえへのプレゼントだ。仕事は出来ねえが、誰の手垢のついてねえ箱入りのお嬢様だ。おめえにだって必要だろ、アレが」
小指をおったてて、そんな事を言う。
そういうのは要らないんだが……人手は必要だからな、未だにメイドの一人すら居ない。
ありがたく頂いておこう。
ダンジョン内はゴミすら吸収するのか清掃の必要がほとんど無いが、地上の施設には必要だ。
「それにコイツは貴族でありながら王国名鑑に乗ってねえ、家族からも隠されて育ってきた、好きに使って問題ねえ」
「まさか攫って来たのですか?」
「本人は納得済みだぜ、死ぬまで籠の鳥よりゃマシだろ。それにな……」
親指で首を掻っ切るジェスチャーをする。
なるほど、当主からも疎まれていた訳か。
そりゃ家族にだって隠しているぐらいだ、主沙汰になる前に……って奴だな。
ウドゥの奴はまごう事なき悪人だ。
だが、奴は奴なりの矜持がある。
それは助けを求めてる奴には、まずは無条件で手を差し伸べるって事だ。
彼らは元マフィアだ。
マフィアって奴はファミリーと言われるほど仲間内の結束が固い。
それには、それなりの理由があるからだ。
住む場所も無く彷徨っている奴、飢えて死にそうになった奴、身分の高い奴から恨まれて殺されそうになっている奴。
果ては誰もが見向きもしない捨て子だったり、犯罪を犯して普通に暮らせなくなった者まで。
本当にどこにも行き場がなくなった奴らを拾って育てている。
それはいつしか高い忠誠と、疑似的な家族としての繋がりが出来ていく。
そして、そんな奴らが集まっているからこそ、普通の稼ぎ方ではやっていけない。
だから犯罪行為を行う。
本来は、そうならないように行政が手を打たなければならない問題だ。
マフィアやヤクザが多いって事は、それだけ救えていない命があるって事だ。
悪人だろうとなんだろうと、政治家は全ての人間を救わなければならない。
ザマァされるような人間にだって生活がある。
それを放置すればザマァされた人間が集まって、他の奴らに迷惑をかける集団に発展する。
そうしたら結局、ザマァした人間にも回ってくる。
ザマァされる人間は排除するのではなく、ザマァされないような人間に変えていかなければならない。
もっと言えば、そんな人間にならないように導いて行かなければならない。
生まれついての悪人などほとんど居ない、悪に変わるにはそれなりの理由がある。
人に危害をなす悪魔はそら悪かろう。
だが、その悪魔を生み出している魔法使いは悪くないのか?
自分は正しいという呪文を唱えながら、周りに悪魔を生み出していないだろうか。
狭い道をゆっくり歩いていて、オレは速度を守って安全に移動しているんだぜ、という魔法の言葉を唱えて、その背後で、急いでいる人物を悪魔に変えていやしないか?
あなたのちょっとした行動が人を悪魔に変えている。
そして一度、悪魔に変わった人は、なかなか元には戻らない。
その行動が正しいか正しくないかじゃねえ、その行動の結果が他の人にどう影響を与えるかを考えなくてはならない。
ウドゥ自体は確かに悪人だ。
だが奴は、生み出されそうになった悪魔や、生み出された悪魔を救える人物でもある。
だからオレはコイツに色々やられても、嫌いにはなれない訳でもある。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます