第5話 夜 降雪
青年の殺しには二種類あった。
一つは言われるままに殺すこと。もう一つは勝手に殺すことだ。
前者は自覚的だ。頼まれたから殺した。殺せと言われたから殺した。ちゃんとした理由がある。
だが後者は本能的だ。この感じは縄張りを荒らされる動物のものに似ている。青年にとって殺し、戦うことは領域であり、聖域だ。だからそこを奪おうとする者を排除する、本能が勝手に殺すことを選択する。
今回の場合は、組織に所属することで戦うこと、殺しを制限されると無意識に感じ取ったから組織を潰した。
だけど青年はそんなこと全く自覚していない。
無自覚のまま、今まで生きていた。
青年はたどたどしい息遣いで路地裏にたどり着き、道の中盤でその場に座り込む。
今回は思った以上に深手を負った。特に右脇腹がひどい。青年は左手で右脇腹をおさえながら、ゴホゴホと血交じりの咳をした。
青年は壁に頭をつけて凭れる。頭上に白い雪を見つけた。
右手を伸ばすと指抜き手袋の上に雪が降りてくる。
今回ばかりはダメかもしれない。
そう思って目を閉じる。
ふと、雪が止む。青年が目を開けると長い睫に積もっていた雪が落ちた。
正確に言えば雪は止んでいなかった。雪は降り続けているが、青年の頭上に傘がさされている。
「あらあら?」
目の前に女がいる。金髪に金色の目。雪が降っているのに露出の多い恰好をしている。女の後ろには大きな男が控えていた。
女は青年の前にしゃがみ、傘を脇に置くと両手で青年の顔に触れた。
「いい男。アタシ、血まみれの男は好きよ」
そう言って女は青年の頬を親指でなぞると、青年の右脇腹の出血に気付いた。
「あら、怪我してるの? 痛そう」
「……」
「放っておけないわ。うちで治してあげる」
すると、女の後ろにいた大男が青年の傍まで歩き、何も言わずに青年を担いだ。
「運んでくれる?」
「はい、
男はそのまま進み出す。青年は抵抗せず、されるがまま運ばれる。
「姐、さん?」
青年がそう尋ねると女は人差し指を唇に添えて言う。
「皆はアタシのことをそう呼ぶわね。でもアナタだったら、ベランカと呼んでもいいわよ」
女――ベランカはフフフと笑う。
「アナタ、名前は?」
「……トキワ」
「あら、トキワ。良い名前ね。とても気に入ったわ」
これが青年――トキワとベランカとの出会いだった。
これがトキワにとって今後を左右する大事な出会いだったとは、彼はまだ知らない。そして、そのことをトキワは一生知ることもなかった。
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