【スピンオフ2】残映

第1話 目覚めると……

 ※注意書き:【本編】「夜明けのマリオネット」4章を読まれることをお勧めします。



 これは要目が生まれる前の話。




 もう少し寝ていたかったが、自然と目が覚めてしまった。

 奏夜かなやは上半身を起こし、包帯でぐるぐる巻きにされた右手を天井に翳す。


(昨日、何したかな?)


 奏夜は右手を握ったり、開いたりする。痛みはなく、治っているようだ。

 それに左手にも、脇腹や腰、足首にも包帯が巻かれているが、なぜこうなったのか、分からない。


(うーん、思い出せないなあ……)


 包帯を巻くほどの怪我をしたはずだが、治っているので全く思い出せない。

 奏夜は右手を降ろし、大の字になって寝転がった。



 奏夜は不死である。

 普通なら死んでいる大怪我を負っても次の日には治るし、体の一部がなくなっても次の日には元に戻る。つまり、不死身である。

 不死はめったなことでは死なず、長生きする。

 長生きしすぎて暇だったのか、奏夜の一族はたくさんの産業を起こし、統率し、由緒ある名家にのぼり詰めた。

 今は奏夜の父が当主だが、いずれは一人息子である奏夜にその地位が託される予定である。



「奏夜さま、奏夜さま」


 二度寝をしていたところ、体を揺すられて起きる。

 奏夜を呼び捨てし、揺り起こすのは一人しか知らない。


じい、何?」


 爺は元々、父の専属執事だったが、今は奏夜の養育係をしている。奏夜の母は奏夜を生んだ直後、亡くなった。父は仕事で忙しく、奏夜の面倒を見られないということで、爺に奏夜の養育を託した。

 白髪でおっとりした老翁の見た目だが、今も現役だ。


「今朝、奏夜さまに投げられた痛みが消えないと電話がありました。何をしたのですか?」

「うん?」


 思い出せないが、思い当たる節がないことはない。


「ああ! もしかしてあのことかな?」


 奏夜は記憶を辿りながら爺に昨日のことを話す。

 昨日、父に断りを入れずに街へ出かけていると、男二人が女性を巡って力比べをしていた。あまりにも稚拙な力比べに呆れた奏夜は二人に勝負を申し出た。

 奏夜は五秒で二人を倒し、そのまま帰ろうとしたが、逆上した二人が協力して奏夜に襲い掛かってきた。

 厄介なことに武器を持っており、バッドで頭を殴られる不意打ちを受けてしまった。その後、恥をかかされたことが余程悔しかったのか、奏夜はボコボコにされたが、すぐに返り討ちとして二人を投げ飛ばした。

 思ったより傷がひどかったのか、屋敷に着いた時に気絶したらしい。爺が治療し、そして今に至るようだ。

 多分、あの二人が屋敷に帰る奏夜を尾行し、奏夜がこの屋敷の者と知って電話してきたのだろう。


「無断で街を出たことに関しましては後で説教させていただきます。とにかく、お電話を頂いた方々にはお詫びの品を持っていきました」

「別に持って行かなくていいのに……」


 昨日奏夜があの二人に声をかけたのは女性が困っていたからだ。逃げるに逃げられなかったようでおどおどしていた。だから奏夜が男達の気をひいているうちに逃げればいいと思って勝負を申し出たのだ。余計なお節介だったかもしれないが、奏夜が倒している最中に女性は逃げたので、怪我はしたが良かったと思っている。


「安心してください、奏夜さま。お詫びの品を渡すに私がぶっ飛ばしてきましたので」

「ぶ、ぶっ飛ばしたあ!」


 奏夜は大笑いした。

 爺は相当強い。当主を守るために格闘技などの戦闘技術をかなり勉強し、自分の物にしてきた。老翁の見た目に騙されてぶっ飛ばされた奴は数知れないし、奏夜だって今でも負ける。

 爺にぶっ飛ばされると痛みはなかなか引かず、治るのに最低三日はかかる。

 奏夜はぶっ飛ばされた奴らに同情すると同時に、ざまあみろと思った。


「当たり前のこと、当主となる奏夜さまを傷つけたのだから、ぶっ飛ばされて当然です。それにお詫びの品はぶっ飛ばした後に渡しましたので、一件落着です」


 なんだか間違っている気もするが否定しない。こうして爺がぶっ飛ばしてくれることで次からあの二人が奏夜に寄りつかなくなるのだ。矢面に立つことで当主を、そして一族を守る爺の行動には尊敬と感謝しかない。

 奏夜は上半身を起こし、胡坐をかいた。


「そういえば、爺は何しに来たの?」


 まさかその報告のために来たわけじゃあるまい。そんなことで爺は奏夜を揺り起こすことはしない。


「ここからが本題です、奏夜さま。急いで着替えてください。これから軍事会社の会長とそのご息女がお見えになります」

「僕も行かないとダメ?」

「ダメです。あと、包帯はとってくださいね。先方に心配をかけます」

「はーい」

「返事は伸ばさない」

「はい」


 奏夜は急いでベッドから立ち上がり、クローゼットの中から正装用の服を取り出し、包帯を外しながら着替えた。

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