44話 急接近(正臣side)

香世の記憶が戻った。


また0から始めなければと思った矢先の

父親の訪問で、突然、気を失った香世を再び病院へ運んだ時、俺がどれほど心配したか…


目覚めた時どれほど安堵したか…

当の本人には伝わってないだろうな。


苦笑いを浮かべながら病室へと足を運ぶ。


外はあいにくの雨、

思い通りに終わらない仕事にイラつきながらやっとここまで辿り着いた。


そのせいか、妙に浮ついた気持ちでやたらと香世を困らせてしまう。

そんな自分自身を持て余しながら家に連れ帰る。


服はびしょ濡れで不快なはずなのに、香世が俺に構ってくれる事が嬉しくて、全てがどうでも良くなった。


香世が俺の隣に居てくれるだけで、気持ちが満たされる。


記憶を無くしてからの、

精神年齢15歳の香世もチラチラと垣間見せながら家に帰る。


冷えた体を早く温めて欲しいのに、頑として先に風呂へ行かない香世に痺れを切らし、強引に風呂場に連れて行き感情のままにボタンに手をかけてしまった。


真っ赤になって恥ずかしがる香世が、脳裏に焼きついて離れなくなった。


丁度寝る頃、

近くで落雷があったのか家中の電気が消える。


雷が苦手らしく、香世は先程から俺に張り付き震えている。


雷が光るたびに小さな悲鳴を上げて、ギュッと掴んでくる小さな手が愛しくて、膝に囲って抱きしめ背中を撫ぜる。


「そろそろ寝室へ行くか。」


雷が遠のいたところを見計らい、香世の手を取って2階の自室に向かう。


香世の部屋の前で足を止め、1人で大丈夫かと顔色を伺う。


遠くでゴロゴロと響く雷鳴に、涙目の香世が可哀想に思い、つい部屋に来るかと誘ってしまった。


小さく頷く香世は、記憶を取り戻す前の15歳の純粋無垢な顔をして、布団と枕を素早く持って廊下に戻って来る。


これははたして、

道徳的に良いのかと自分自身に自問自答しながら、布団が重いだろうと代わりに持って自室に向かう。


「どこに敷く?」

香世の好きにさせようと全てを委ねる。


ここに、と指を示す場所は俺の布団の隣で


大丈夫か⁉︎

と、もう一度自分に自問自答する…


外がピカッとまた雷鳴と共に光ると、香世はびっくりして俺に張り付いて来る。


仕方なく布団を並べて敷いて、耳を抑えて疼くまる香世の手を取って布団に入るように誘う。


「段々と光と音の間隔が離れていっているから遠のいている証拠だ。

大丈夫だからもう寝た方が良い。」


と香世に布団をかけて安心させ、行灯の火を薄暗く落とす。


「おやすみ。」

と冷静さを保ちながら隣の布団に入るが、内心動揺を隠していた。


これは…何かの拷問か?


香世からの信頼は得られたのかもしれないが、触れたら途端に崩れ去ってしまう危うさを感じる。


「正臣…さん、手を握ってもいいですか?」


ゴロゴロと地響きのようになる雷鳴が怖いのか、香世がちょこんと顔を出して小さな声で聞いてくる。


そっと片手を差し出すと、両手でギュッと握ってくる。


俺はこの可愛い生き物に何もせずに一晩過ごせるのだろうか…

試練と忍耐をひたすら心で唱えながら眠りにつく。


明け方、まだ辺りは薄暗い頃ふと目が覚めて

隣を見ると、スースーと可愛い寝息を立てて

香世が寝ていた。


流石に手は離れていたが、なぜか同じ布団の中…


夜中に寝ぼけて入って来たのだろうか…


これは不可抗力だし、耐え忍んだ褒美だろうと解釈してそっと引き寄せ抱きしめる。


香世は身動きするが目は覚めず、しばし寝顔を堪能する。


口付けの一つくらい許されるか…?


欲望のままその先を求めて自分を止められる自信は無い。


葛藤する事、数分…


香世が瞼を揺らしながらぼんやりと目を開ける。

焦点が合う事、数秒…


「……っ!!」

香世は目を見開き驚くき瞬きを繰り返す。


思わず可愛過ぎて笑いそうになるのを抑え、


「おはよう。」

と、挨拶をする。


「お、おはよう、ございます…」

と、挨拶を返してくれるが、

何故こうなったの分からないと言う顔をする。


「香世が勝手に入って来たんだ。俺は何もしてないからな。」

名誉を守る為そう告げる。


「ご、ごめんなさい。雷は小さい頃から苦手で……。」

俺の腕の中から逃げようとする。


クルリと反対側を向いてしまうから、すかさずギュッと抱きしめて、

「まだ暗い、もう少しここにいろ。

俺に少しは慣れて貰わないといけない。」


「こ、これは、いつか慣れるんでしょうか?」

香世はうなじまで真っ赤にしてじっとしている。触れ合った背中から早鐘のような鼓動を感じる。


香世の緊張が伝わり、俺の鼓動も乱れる。


「慣れて貰わないと困るな。

結婚したら子だって欲しいだろ?

龍一みたいな男子も良いし、香世に似た真子のような女子も可愛いだろうな。」


分かりやすく、ビクッと香世の体が揺れる。


「…あの、正直なところ…

その…この先、どうしたら良いのか…

よく分からなくて…学校でも教わっていませんし…本にも載っていなかったので…。」


香世がモジモジしながら小さな声で言う。


「香世は…花街で何をしようとしていたのだ?」

フッと正臣は笑って香世をぎゅっと抱きしめる。


「心配しなくても俺が教えてやる。

そうだな。少しずつ慣らしていくか。

嫌だったら言ってくれ。」


どこまで許してくれるのか手探り状態のまま、本能が赴くままに…


香世のふわりとした胸を包み込むように、

浴衣の上から片手でそっと触れてみる。


ビクッと震える香世の体を安心させるように撫ぜてみる。


それは柔らかく餅のように弾力があり、

出来ればずっと触っていたいような誘惑に駆られる。


「触れられるのは嫌か?」


香世は小さく首を横に振る。


少しふわふわと優しく触れているとぷくっと突起してくる峰を見つけ、そこを指で突いてみる。


「……っん…。」

香世がまたビクッと体を震わせながら可愛い反応をするから。

俺の体も反応してしまう…。


これ以上はヤバいな。

自分を制御出来るうちに辞めなければと、

己を律してパッと手を離す。


「これ以上は、俺もヤバい。

これから一緒の布団に寝て少しずつ慣らしていくぞ。」

ヨシヨシと宥めるように頭を撫でる。


「…心臓が…口から飛び出しそうです。」

そう呟く香世に思わずハハッと笑ってしまう。


「それは困るな。」


近い未来、香世の全てが手に入る予感を胸に、つい反応してしまった下半身の鎮圧に心を無にする。


少し香世から距離を取り上向きになって天井を見つめる。


「香世が会社に働きに出るようになったら

俺は嫉妬してしまうかもしれない。」


本気でどんな男の目にも触れてほしく無いと

思ってしまう。


香世は可愛い、それに愛嬌もある。

森下にさえ警戒しているのに、あろう事か、会社の社員の8割は男だ。


仕事に行けば忽ち香世はチヤホヤされてしまうだろう。

それだけじゃ無い。


もしも助平な奴がいたら触れたり、抱きついたりしてくる輩もいるのでは無いか?


「正臣さんに許して頂ければ、

来月からお仕事に行こうかと思ってますが…。」


「嫌だな。

正直言ったら嫌だ。

男達の中には香世に好意を持つ奴だって出て来るかもしれない。」


つい布団の中だと本心を露としてしまう。


早く入籍して俺のものだって事を示さなければ…


「働く事を提案してくれたのは正臣さんなんですよね?」


思いもよらずに抵抗されて、香世は驚きこちらを振り返る。


俺のせいで乱れた浴衣から、白い谷間が見えてしまうから、俺がハッとして襟裳に触れて合わせを整えてやる。


「あ、ありがとうございます…。」

ポッと赤くなった香世が俯く。


「あれだ、香世は意外と抜けてて隙だらけだ。嫌な事をする輩に対して抵抗できるのか心配だ。」


「会社は働きに行く場所でしょう?

そんな不真面目な人は即刻首にしてしまいましょうか?」

ふふっと香世が笑って、悪戯を考える子供みたいな顔をする。


「そうだな。

役員の特権で風紀を乱す奴は即刻首だ。

松下にそう言っておく。

仕事始めには俺も付いて行って、俺の妻だと威嚇して回ろう。」

真面目な顔でそう言って香世を見る。


「本気ですか⁉︎」


「俺だって株主だ。社員に挨拶して何が悪い。」


「いえ…。

それはいささか…私に対して過保護ではありませんか?」


「香世は俺の大切な婚約者だ、いや妻だ。

過保護になって何が悪い。」


布団の中でそんな押し問答をしてしばらく過ごす。


そんなたわいも無い会話が幸せだと感じる。


俺の誕生日の7月には婚姻届けを出そうと心に決める。


「ま、正臣さんの誕生日っていつですか?」

香世が俺の心を読んだかのように聞いて来る。


「7月10日だ。

そのぐらいに婚姻届けを出さないか?

七夕祭りの日でもいいが、どうする?」


「来月ですよ⁉︎」

えっ⁉︎っと驚いた感じで聞いて来るから、さも当たり前だと言う顔をして、


「俺としては明日でも良いくらいだ。

何でそんなに驚く?」


「えっ…と…、こ、心の準備が…。」


心の準備が必要か?

既に3ヶ月ほどは一緒に生活してるのに…。


「香世がここに来てから3ヶ月は経った。

まぁ、いろいろあったから普通の生活とはいかなかったが…

俺としては充分過ぎるくらい待ったと思うが?」


香世が突然布団から出て浴衣を整え正座するから、俺もそれに従い浴衣を整えて布団に正座する。


「あの…こんな格好で何ですが…

不束者ですが末永くよろしくお願いします。」

綺麗な所作で頭を下げる。


ああ、前にも見たな。

綺麗過ぎて目を奪われた…

あの時は花街の花魁姿だったが。


「こちらこそよろしく頼む。」

俺も誠意を持って頭を下げる。


「一度、二階堂家の皆様に挨拶に行かせて頂きたいです。

お母様やご兄弟の方にもご挨拶させて下さい。」


「うちは軍に入りさえすれば、あとは放任主義だからそれぞれ好きにしている。気にしなくても良いんだが、まぁ、香世がそれが嫌なら…近いうち挨拶に行こう。」


「ご兄弟は何人ですか?」


そうか、そんな話もしてなかったな…

今更だなと苦笑いしてしまう。


「俺はこれでも長男だ。下に弟が2人いる。

1人は軍部の司令官で、末の弟は飛行機乗りになる為に飛行学校に通っている。」


「お歳はおいくつですか?」


「広臣が26で、正孝が19だ。」


「…その間に腹違いの兄妹が2人居るが…

俺もちゃんと会った事は無い。

…複雑で悪いな。」


「そう…なんですね。

幼少時代はお寂しかったですか?」

俺はあぐらをかいて姿勢を崩し、香世を抱き上げ膝で囲う。


「寂しいと思った事はないな。

1人で食事をするのは当たり前だったし、

習い事もいろいろやっていたから、それぞれ忙しくてあまり兄弟喧嘩もした事が無い。」


香世は体制に戸惑いながらも振り返り俺を見る。

「それは寂しかったと言って良いと思います。」


近いと思ったのかパッとまた前を向いてしまうが、そっと後ろから抱きしめて、


「寂しかったのか…。

そう言う感受性は持ち合わせて無いが、香世が側に居ないと寂しいとは思う。」


「私は絶対お側から離れませんから安心して下さいね。」

そう言って抱きついて来てくれる。

可愛いなと、純粋に思う。


「ありがとう。

…父親は不義理で薄情な人間だが、俺は他にうつつを抜かすような男では無いから心配するなよ。

母親もどうしようも無い人だから…

会っても驚かないでくれ。」


令嬢だった母も父の浮気を知ってから、

好きに遊び回り若い男を側に置くようなどうしようも無い人間だ。


「俺の家族は世間体の為だけに家族を保っているに過ぎない連中だ。香世の兄妹のような愛情は無いかもしれない。」


香世を抱きしめ返しながら、こんなに誰かに執着したのは初めてだと実感する。


愛しているだけでは言い表せない感情がそこにはある。



「おはようございます。」

階段下からタマキの声が聞こえてきて、香世が慌てて俺から離れる。


「はい、今、行きます。」

パタパタとお布団を畳んで自分の布団を運ぼうとする。


「俺が片付けておくから。」

布団を代わりに持って香世の部屋に運ぶ。


「ありがとうございます。

正臣さんは後からゆっくり来て下さいね。」

と、パタパタと1階に降りて行った。


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