39話 再び2人の生活


それからまた、

正臣と香世の2人の生活が始まった。


正臣は前にも増して香世を大事にして、少しの荷物も持たせない程の徹底振りを見せた。


暇を持て余した香世が家事を手伝おうとすると、途端にどこからか駆けつけて来て、取り上げてしまう。


その代わり、次の日には本を沢山買って来たり、香世が暇にならないようにと、生花用の花材や鉢、花瓶などを次々に買ってきてくれた。


香世は仕方無く日々、生花や書物を読んで過ごしたり、習字をしたりとまるで令嬢のような優雅な生活を過ごしていた。


次の日には心配した真子が、学校帰りに龍一とお見舞いに来てくれて、賑やかな午後を過ごす。


真子の事は記憶から抜け落ちていたが、不思議と抵抗無く、初めからまるで妹のように思い、違和感無く接する事が出来た。


一番困ったのは、正臣に対しての恋心で…


少しでも触れ合う事があるならば、真っ赤になって俯いてしまう。


正臣もそんな初心な香世を怯えさせないよう

出来る限り己を制御し、必要以上に触れないように心がけた。


そんな我慢の1か月が過ぎ、

やっと香世も普通の生活に戻って行った。


1週間前に正臣から、名前で呼んで欲しいと言われ、戸惑いながらも今、香世は頑張っている最中だ。


「あの…ま、正臣様、お着替えの着物ですが…何かお好みはありますか?」


昨日からタマキに頼まれ、正臣の着替えの手伝いをするようになったのだが、これが香世にとってはとても恥ずかしくて仕方がない。


夕方、帰って来た正臣はいつも着物に着替え寛ぐのだが、何色が好きでどの着物を愛用しているのか知りたくて、香世は思い切って聞いてみる。


軍服を脱ぎながら正臣は、

「そうだな。特にこれと言って考えた事も無かったが、香世はどう思う?

俺に似合う色はどれだ?」


思いがけず質問で返されドギマギする。


「えっ?私ですか⁉︎」

思わず正臣を見つめるが、正臣はにこりと笑って香世の答えを待っている。

しかもシャツのボタンを取り始めてしまうから慌ててしまう。


「えっと…一番上のボタン外させて貰いますね。」

急いで背伸びをしてボタンに手をかける。

正臣は少し膝を折り、香世がやり易いようにしてくれる。


「香世、質問の答えは?」

そう言われ、

「えっと…紺色の大島紬でしょうか…。」

遠慮気味に香世は答える。


「そうか。じゃあ、これからは紺色の着物を着る事にしよう。」

そう言ってシャツを羽織ったほぼ半裸の状態で、自ら箪笥を開き、


これか?こっちか?と香世に選ばせるように見せてくる。


「えっと、こっちでしょうか?」


香世が慌てて選んだ着物を正臣は嬉しそうに

引き出して、シャツを脱ぎ捨てズボンを脱いでしまうから、キャッと香世は後ろを向いて

しゃがみ込んでしまう。


「ああ……すまない配慮が足りなかったか。」

正臣が笑いながら長襦袢に着替えて、紺の着物を羽織る。


「香世、着替えを手伝ってくれるんじゃないのか?」

正臣にそう言われ、急いで帯を手にして真っ赤になりながら帯を締めていく。


今まで龍一の着替えを手伝っていたが、正臣相手では訳が違う。


ドキドキもハラハラにも似た感情を持て余しながら、香世は必死で心を無にして正臣の帯を締める。


慌てたせいか畳の縁に足を取られ、正臣に飛びつくよに転びそうになってしまう。

ワッと思った時には既に正臣の腕の中で、


「ご、ごめんなさい。」

と、慌てふためき離れようとするのだが、

抱きしめられた腕の力は一向に解かれず、

困って正臣を見上げる。


「これは不可抗力だからな。」

と正臣は笑いながら香世を抱きしめ続ける。


「あの…ま、正臣様…腕を緩めて…下さい。」

香世は必死でお願いする。


「残念だな。せっかく香世から抱きついて来てくれたのに。」

正臣は仕方が無いと言う感じでやっと腕を

解いてくれる。


真っ赤になった頰を撫ぜられビクッとする。

おまけに前髪を掻き分け額に口付けをされてしまう。

香世は驚きのあまり目を丸くして固まる。


「これでも出来るだけ触れないように我慢しているのだ、少しは許せ。」

と正臣は嬉しそうにそう言って、頭をポンポンと撫ぜて部屋を出て行った。


何が起こったのか分からないと、しばらく香世は動けずにいた。


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