34話 それぞれの思い(正臣side)

駐車場で今度は前田が待っていた。


「お疲れ様です。

ボス、香世ちゃん目覚めたって聞いたので

味噌まんじゅう買って来ました。

持って行って下さい。」


「さすが情報が早いな。」

苦笑いしながら味噌まんじゅうを受け取る。


「俺も出来ればお見舞いに行きたかったんですけど、きっと誰が分からず混乱させるだけだと思いますし…。

しかしボス、思ってたより平常運転っすね。

もっと落ち込んでるのかと思ってたんですけど。」

驚きの眼差しで

「落ち込んでる場合じゃないだろ。

ゼロからまた信頼を取り戻さないといけないんだ。」

そう告げて、車に乗り込む。


「さすがボス、そうこなくっちゃ。」

安心したのか前田は運転席に乗り込み、


「では、病院前まで出発します。」

張り切って指差し確認までして出発する。


俺は若干呆れながら、

「…そう言うの要らないから。」

と、ため息を吐く。


俺の周りにはお節介で心配症の奴らばっかりだなと密かに嬉しく思う。


病室の前でノックをすると、

「はい。」

と、香世の声を聞きガラッと引き戸をあける。


「すまない、少し遅くなった。」

そう言って、俺は軍帽を取り軍服を脱ぎながら部屋に入る。


びっくり顔の香世を目の前にして、しまったなと思いながら、


「この格好で来るんじゃ無かったと、今更ながら後悔している。

香世を怖がらせるだけだな…申し訳ない。」


と、誤りバサっと軍服を椅子に掛け、

個室に付いている洗面台で手を洗う。


「あの、いえ、全然、怖いとかは思ってないので…ただ驚いただけです。」


香世はベッドに寄りかかりながら、ぎこちなく微笑みをくれる。


「手足の強張りはどうだ?

マッサージするから手を出して。」

俺が何気に言うから


「えっ⁉︎」

と、香世がびっくりして目を丸くする。


俺は、

「いつもの日課だから。」

と、半ば強引に香世の手を取り指の一本一本を丁寧に折り曲げて、強張りを取る為マッサージする。


「あ、あの…。

いつもこれをやって頂いていたのですか?」

香世が遠慮がちに聞いて来る。


「ああ、人間は1日動かないだけで筋力が落ちてくるんだそうだ。

香世は丸3日寝たきりだったから、立ち上がるのも容易では無いんじゃ無いか?」


香世の小さな手のひらを押しながら筋肉をほぐす。


「あ、ありがとうございます。」

香世は恥ずかしそうに俯いてしまう。


「夕飯は、食べたか?」

少しでも香世の緊張をほぐしたくて、何気ない会話を続ける。


「…いえまだ、

突然食べるとお腹がびっくりしてしまうそうです。私は明日の朝、お粥から食べて良いそうです。」


「そうか…じゃあまだ味噌まんじゅうは食べれそうも無いな。

また、姉上が来た時にでも代わりに食べてもらってくれ。」

そう言って、枕元の台に味噌まんじゅうを置く。


「わぁー。この味噌まんじゅう好きなんです。」

嬉しそうに香世が言う。


「知っている。食べられなくて残念だな。

また、普通に食べられるようになったら買って来る。ここに置いておくのは目に毒か?」


「ふふっ、ちょっと一口だけでも食べてみたい気はしますが…我慢します。」


可愛く笑ってそう言うから、

自然と俺も笑顔になって香世の頭を撫でる。


「じゃあ、見えない場所に置いておく。」

そう言って、俺は隠すように少し離れた棚に仕舞う。


香世はがっかりした顔をして棚を見つめている。そんな幼い仕草も可愛いなと思う。


「じゃあ、次は反対の手を出して。」

俺のマッサージは続き、香世の緊張も若干解けていく。


「あの…二階堂様は…傷は大丈夫なのですか?」

香世が遠慮がちにそう聞いてくる。


暴漢に襲われた時の傷を言っているのだなと

思い、手のひらを開き香世に見せる。


「この傷はさほど深くは無かったんだ。

後は消えていないが、そこまででは無かったから心配するな。」


安心させるように言い聞かせる。


香世はおもむろに指を伸ばして俺の古傷を

撫ぜる。


「…三年も月日が経っているのですね。

思い出せなくてごめんなさい。」

香世が頭を下げてくる。


「香世と今話しが出来るだけで満足だ。

気にしなくて良い。

記憶を失ったのは香世のせいでは無いのだから謝るな。

それよりも近くにいながら助けられなかった俺の責任だ。痛い思いをさせてすまなかった。」


ずっと言いたかった言葉がやっと伝えられてた。


香世はぶんぶんと首を横に振る。


「二階堂様は決して悪くありません。

悪いのはいつだって向こう見ずな私なのですから…。」


「いや、それは違う。

香世はいつだって自分の事よりも他の人の為にと動く、その気持ちは称賛に値する。

誰もが真似出来る事では無い。

誇りに思う。」


お互い心の内を話せる事ができて、それぞれ少しだけホッとする。


俺は手のマッサージを終えて、足のマッサージに入ろうと布団をめくると、香世が慌てて俺の手を止める。


「あ、あの…本当にもう充分です。

あの…これ以上、二階堂様のお手を煩う訳にはいきません。」


「そんな風に思わなくて良い。

俺は婚約者だ。香世が少しでも早く復帰出来るように手助けしたいんだ。」


「でも…あの、

二階堂様は中尉様だと伺いました。

私にはとても勿体無い方だと思います。


私なんかで…本当によろしいのでしょうか…。」


姉上からいろいろ今の現状を聞いたのだろう。俺との関係に戸惑いを感じているのかもしれない。

強引にやり過ぎたと少し反省する。


「そうだな…。

今の香世からしてみれば見ず知らずの男に、触られるのは嫌だよな…。」


「いえ、決してそのよう事は…ただただ、申し訳ないと思うのです…。

私の家は…その、立ち行かなくなったと聞きましたし…

二階堂様にとって何も利点は無いのでは?」


ああ、そうか…

 

出会った頃に香世が感じていた不釣り合いというものを感じているのだな。と、思う。


「俺は香世の事を家柄で決めた訳ではない。

香世の全てが愛おしいのだ。俺の側にいて欲しい。

これは…俺の我儘だと思ってくれていい。」


言葉にすると照れがあるが…、

今の香世に伝わって欲しいと願わずにはいられない。


香世の様子を伺っていると、真っ赤になって顔を両手で隠してしまう。


これはどうしたものか…


精神年齢15歳の香世をどう扱ったら良いか

多少の戸惑いを覚える。


そんな香世の頭を撫でて、落ち着くまで少し離れて見守る事にする。


病室から窓の外を眺めていると、雨がしとしと降り始める。


香世の退院後、家に連れ帰るのは無理そうだな。


濡れていく外の景色を見ながら俺は深いため息を吐く。


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