30話 事件発生 (正臣side)

一方その頃、

正臣の居る司令本部に一報が入る。


中央の銀行で立て籠り事件発生。


ただちに現場にて対応との要請あり。


警察では手に負えない凶悪事件は軍が対応する事になっている。


正臣はその一報を聞きハッとする。


今朝、香世は何て言っていた⁉︎


姉の使いで銀行に行って来ると言っていたではないか!!


そう思うと血の気が低くのを感じ、

立ち上がり、司令官室へと急ぎ廊下を走る。


ただ事では無いと、

同室で事務作業をしていた真壁も正臣の後をついて走る。


ドアをノックするのも煩わしいと思うほど


「二階堂です、入ります。」


と、ドアを開ける。


大将である父と、上官2人と共に作戦会議を

していた。


「どうした。何事か?」

父が正臣に厳しい目線をおくる。


「どこの銀行ですか?人質は?」

正臣はいつになく冷静さを欠き、矢継ぎ早に言葉を発する。


「帝央銀行だ。

客を含む人質は53人、お前が指揮を取れるか?」

父として正臣がこれほど取り乱れるのは初めてだと、怪訝な顔を投げる。


「自分が行きます。行かせてください。」

一呼吸おき、少し冷静になった正臣は言う。


「知り合いがいるのか?

それで、冷静に判断出来るのか?」

上官の1人がそう問いかける。


「大丈夫です。私が側におりますので。」

真壁がすかさずそう言って上官達を納得させる。


父である大将は少し思案し、分かったと頷く。

「お前に任せる。但し、判断を誤るな。

出来るだけ迅速かつ被害者を少数に抑える事。何よりも犯人確保を優先しろ。」


「はっ!」

正臣と真壁は敬礼し、

直ちに詳細を把握する為任務に取りかかる。


警察からの引き渡し事項を聞き指示を出す。

「真壁、只今より第二、三班を招集。

防御服を着用、完全武装で10分で正門に集合。現場には15分内に向かう。」


「はっ!」

敬礼し、急ぎ指示を部下に伝える。


「私は貴方から離れませんから。

人質に香世様がいらっしゃるとお思いですか?」

真壁がここでやっと本心を聞き出すべく問いかける。


この事件を知って数分の正臣は、

普段、冷静沈着である彼にはあり得ない慌てようだった。


彼が心動かすのは、香世の事以外ないのだ。


正臣は一息吐いてから、


「今朝、香世が姉上の用事で銀行に行くと言っていた。いない事を願うが…。」

心の内を真壁に伝える。


「分かりました。

人質解放を最優先に考えます。

無傷で助け出しましょう。」

真壁は事の一大事を知り正臣と先を急ぐ。


「とりあえず、自分は香世様の安否確認をします。」


正臣が現場出動に向けて班隊長を集め作戦会議を始めた傍ら、

真壁は部下を使い自宅や実家や、

はたまた香世が立ち寄りそうな場所へ連絡し安否確認を優先にした。


結果…やはり銀行に向かったであろう事が

濃厚で頭を抱える。


「真壁、出立するぞ。」


真壁は5分で作戦会議を終えた正臣と合流して車に乗り込む。


真壁がハンドルを取り、助手席に正臣を乗せその後ろに二班、三班の乗る軍用車が続く。


総勢45名の隊員を連れ現場の銀行に急ぐ。



「香世の安否は?」

正臣は、言葉少なに真壁に問う。


「すいません…確認、出来ませんでした。」

真壁は何と言葉にするべきか迷うが、

感が鋭い正臣は察しがついてしまう。


「足取りは掴めたんだろ?」


「…はい。」


「そうか…。」


2人の間に少しの間沈黙が流れる。


「香世の事は、例え自分の命を引き換えにしてでも助け出す。」

正臣の心は既に決まっていた。

彼女のいない人生なんて考えられない。

失う訳にはいかないのだ。


絶対に助け出す。


そんな気持ちで冷静にもなれた。


「分かりました。

…自分はいついかなる事があろうと、

貴方を守るのみです。」

また、真壁も心を決める。


現場までの道のりは遠くないはずなのに

2人には遠く、焦りと苛立ちを覚えた。


帝央銀行前に到着後、

正臣は中尉としての任務に取り掛かる。


緊急本部を設営、直ぐに包囲を取り囲み周りの緊急避難、立ち入り禁止令をひく。


交渉役は酒井が担ない、

立てこもり班に呼びかけを開始する。


「こちらは帝国軍第一部隊所属、

小隊長の酒井と申す。

立てこもり犯に告ぐ、

ただちに人質を解放し、武器を置き投降を要求する。

貴方達は既に包囲されている。」


正面入り口は店内の椅子でバリケードが築かれ、ガラス張りのロビーにはカーテンが引かれ、店内の様子が見えなくなっている。


「繰り返し告ぐ…。」

三度呼びかけ反応を伺う。


2分ほど待ったところで犯人グループからの応答は無い。


次に交渉に入る。

「貴方達の要求は何ですか?

言いたい事があれば教えて頂きたい。」


少しばかり待ったところで、犯人グループからの反応がある。


店内ロビー近くのガラス張りのカーテンが開き、1人の男が人質と共に姿を現す。


「我々の大義名分は、

この銀行の横暴な態度を世間に知らしめる事にある。

不当に奪った土地や家屋の権利返還と、

不当に払った支払金の返還を求める。」


人質はよく見ると足を怪我しているらしく、

顔色が悪く今にも倒れそうな状態だ。


「それならば、なおさら貴方達は関係の無い人質を解放すべきだ。」


酒井の説得は根気よく続き、

出来るだけ冷静に隙を与えないよう注意深く心理を探る。


酒井の側で、真壁と正臣は指示を出し人質の具合がみるみる悪くなっていく事に不安を覚える。


30分後…


このままでは埒があかないと、

真壁が交代して情を出して話を始める。


「貴方の想いは良く分かる。

土地や家まで奪われて、家族をどう養っていけば良いのか自暴自棄になったのかもしれない。

だけど、ただ一つ考えて頂きたい。

そこにいる怪我人にだって家族はいるんだ。

どうか彼を解放して欲しい。」


「こいつはここの支店長だ。

全ての元凶はこいつにある!」


「しかし、彼の命まで奪う権利は貴方には無い。これ以上罪を重ねないで欲しい。」

真壁の必死な説得に犯人の心が動く。


「では、怪我人と子供だけは解放してやる。」


「そちらに客人は何人いるか教えて欲しい。」

酒井がそう叫ぶ。


「18人だ。」


「一緒に年寄りと女性の解放も願う。」

真壁がそう伝えるが、


「ダメだ、こちらに従え。お前らの好きにはさせない。人質と引き換えに大型の車を一台用意しろ。」


逃走を謀る予定だろうか…


正臣は怪我人の命には変えられないと


「この任務の指揮を執る二階堂だ。貴様の要求をのもう。

ただし、人質の無事が最優先だ。怪我人と子供を無事に保護出来なければ、この交渉は決裂すると思え。」

正臣は鋭い口調で伝える。


「分かった。まずは人質を解放し、その後、要求が成立しない場合は、こちらからまた怪我人が出ると思え。」


こういう場合の交渉は下手に出過ぎても、

強気に出過ぎても上手くいかない。


押したり引いたりして心理を揺さぶりながら、程よく歩み寄るのが大切である。


この中に香世が居ると思うと、

気ばかり焦るが、時間をかけて交渉しなくてはならない事は重々承知だ。


香世に俺の声が届いているだろか…。


普段なら酒井と真壁に任せるのだが、やはりどこか冷静では無い自分がいると正臣自身も思う。


10分後、


怪我人である支店長と子供2人が解放された。


支店長は少しの猶予もなく意識も朦朧としていた為、直ぐに病院へ運ばれて行った。


「二階堂中尉、次に女性の解放を促しましょう。案外簡単にいけるかもしれませんね。」

酒井が余裕な顔をみせる。


「いや、油断大敵だ。

犯人達が逃げる事と資金を調達する事を、

第一条件にするまで粘り強く交渉しろ。」


正臣は部下2人に気を引き締めさせる。


この後、犯人側からの要求は、銀行の今までの横暴な態度を謝罪しろに始まり、記事にして今までの悪業を世間に知らしめろなどの要求が続き、人質の解放は一向に進まなくなる。


4時間を経過し、犯人側は徐々に疲労が見え始める。


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