第27話

「お待たせしました。」

香世がお茶を持って来てくれた。


お茶を配るその所作でさえ綺麗だと、つい目で追ってしまう。


「香世、少し話がある。座ってくれ。」


松下と向かい合って座っていた場所を香世に譲り、俺は松下の横に座り直す。


香世は何事かと少し俺の顔を伺い、そっと向かいの席に座る。


「どのような、お話しでしょうか?」


俺と松下を交互に見て不安そうな顔をする。


「実は、お父上の会社の事なのだが、来月から松下が社長に就任する手筈が整った。それに伴って少し香世に協力して欲しい事があるのだ。

松下の話しを聞いてくれ。」


香世の顔色を伺いながら慎重に話しかける。


「はい、…どのような事でしょうか?」

松下に目を向け香世は問う。


にこりと松下は無駄に爽やかに香世に笑いかけ話し始める。


「実はね、

君の力を貸して欲しいと思うんだ。新しい体制で会社を経営するにあたり、やはり元々働いていた従業員達から少なからず反発がでる。

香世さんのお父上に着いていた役員や部下達は、新しい俺のやり方に不服を覚える者もいるだろう。

その反発を抑える為にも、親族である君の力を借りたいんだ。」


「私の…ですか?」

首を傾げる仕草が可愛いとつい微笑んでしまう。


「そう。君は、掃除や片付けが好きで家事の大半は出来ると聞いた。

それに令嬢として育ったから花道や茶道の嗜みもあるし、何よりも気配りが出来て可愛くて綺麗だ。」


香世は突然褒められて戸惑ったのか、

「えっ⁉︎」

っと瞬きを繰り返す。


最後の方は半分口説き文句か?

と思うぐらいだと、思わず咳払いして目で見やり松下を咎める。


「とにかく…香世が今のままで出来る事ばかりだと言う事だ。」


「まぁ君は、俺の親友の大事なお姫様だから

無理にとは言わないが、会社の環境美化の為に週2日ほどでいいから働いてみない?」


「えっ?私、一度も働いた事が無いのですが…大丈夫なんでしょか?」


俺を見て心配そうな顔をする。


「香世が普段から家でやっている事の延長でいいんだ。もし、少しでもやってみたいと思うのなら、見学しに行ってみたらいい。」

俺がそう伝えると香世はしばらく考えこみ、


「父の会社は一度見てみたいなと思っていました。あの…正臣様も一緒に行って下さいますか?」


「香世がそうして欲しいなら一緒に行こう。」


「ありがとうございます。」

ホッとした顔をした香世が、ひとまず前向きに考えている事が伺え、俺も安堵する。


「じゃあ、平日でも休日でも構わないから

2人で見学に来てくれ。

それにしても……

眠れる獅子が手懐けられて、まるで借りて来た猫だな。」


いらん事を言うなと、とりあえず肘でど突く。


「…どう言う、事でしょうか?」

香世は訳が分からないと言うように首を傾ける。


学生時代に俺の事を確か、

眠れる獅子と呼ぶ輩がいた……。


松下め、一言多いと心の中で悪態を吐きながら、まんざらその通りだと思う自分もいる。


香世の前では強く出れない。

側にいてくれさえすれば他には何も望まない。

彼女のしたいように生きて欲しいと願ってしまう。


「では、夕飯にするか。

書類は俺がひとまず預かっておく。」


「はい。今、支度をして参ります。

少々お待ち下さいませ。」

香世は綺麗な所作でお辞儀をして、ふわりと微笑み席を立つ。


部屋から出て行く香世を2人で見守りながら


「なぁ、正臣。俺に香世さん貰えないか?」

隣で松下が呟くから、


「お前なんかにやるか。」

と、悪態を吐く。

 

婚約してもなお彼女の意思とは裏腹に、男を虜にしてしまう。


いつだって気が気で無くハラハラさせる。


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