第13話 3人でお出かけ 2
車に揺られまず着いた場所は、
先程の宣言通り文具屋だった。
真子が気に入った筆箱や鉛筆、消しゴム、
ノートなど学校で必要な物を揃える。
真子はずっと興奮気味に正臣にお礼を言って、見守る香世さえ嬉しくなってしまう。
「姉さん、うち、始めて自分の物を持ったの。嬉しい。」
香世はそんな真子に家から持って来た
投げ出しの1円から1銭使って赤い色の小さな鈴を買う。
「真子ちゃん、これ、私から入学祝いだよ。
大切な物に付けてね。」
「可愛い!ありがとう。」
気に入ってくれたようで早速筆箱に付けている。
「香世は欲しいものは無いのか?」
正臣が香世を見てくる。
「私は、大丈夫です。」
香世は欲しいものなど何も無い。
花街に行くと決まった日から、
まるで世捨て人のように身の回りの品を整理し、2度と家には帰らぬ覚悟をして来た。
大切にしていた着物でさえも質に入れて生活費に変えた。
今更、戻りたいとも思わない。
ただ風に吹かれ、
たんぽぽの綿毛のように心を持たぬまま、
ふわふわと漂うだけの人生だと、
既に希望のようなものも捨ててしまった。
だから、今更自由に生きろと言われてもピンと来ないのだ。
次に向かったのは、真子が通う尋常小学校だった。
正臣が駐車場に車を停めて、香世も降りるように言ってくるが…
「私は真子ちゃんの母でも姉でも無いので、
一緒に着いて行っても良いのでしょうか?」
正臣を見上げ問いかける。
「それを言ったら俺だってただの身請け人だ。真子の身内代わりだと思って、堂々と着いて来い。」
そう言われるので、香世は真子と手を繋ぎ小学校の職員室に着いて行く。
無事に学校入学の手続きは終わり、
4月の新学期から真子は小学校の1年生として、めでたく通う事になった。
本来なら10歳のため3年生なのだが、
学力を考慮してまずは基礎から学ぶ事になった。
ここは龍一も通う事になっている小学校だと、香世はふと思う。
本当に、同じ教室になるかもしれないなと嬉しく感じる。
龍一の姿が見れなくても、真子から様子を伺う事が出来るのならばとても嬉しい。
最後に向かったのは、
真子が生活する孤児院だった。
これから別々の生活になるのだと実感すると、香世は急に寂しくなる。
真子とは昨日初めて会ったばかりだけど、
まるで妹のように可愛くて弟に会えない寂しさを埋めてくれるようだった。
それに…今夜から屋敷には正臣と2人きり…。
心細さと寂しさを感じずにはいられない。
孤児院には、今15人ほどの子供達が居て
下は2歳から上は14歳まで、
みんなそれぞれ家事を分担し仲良く生活をしていると言う。
15歳以上の子は奉公に出たり、
仕事を探し自分で自立しなければなかないがそれまでの衣食住は保証される。
全ては寄付と善意で賄われており、
正臣のように理解ある人々に寄って支えられているらしい。
このような場所がある事を香世は今まで知らなかった。
自分の無知さを知って落ち込む。
「産まれて直ぐに置き去りにされる子もいるんですよ。」
寮母がそう話す。
ここに入れる子供はまだ幸せな方だと言う。
例えば香世や真子のように親に売られる子も未だ絶えないし、若いうちに奉公に出されて厳しい体罰を与えられ体を壊してしまう子もいる。
「二階堂様の所で働かせて頂いている
女中の1人はうちから去年出た子なんですよ。」
寮母にそう教えられ、正臣が以前からも慈善活動をしていた事を知らされた。
かつては伯爵令嬢だった香世にとって、
恥ずべき事だった。
自分が贅沢な生活を送っていた頃、
一方では慈善活動に尽力する人々がいた。
「もっと、このような場所が増えればいいのですが…未だ駅や河川敷で野宿をして過ごす子供が絶えません。」
近代化が進み世間は裕福になってきているはずなのに、とり残された子供達がいるのだと実感する。
真子とひとまずお別れをする。
「真子ちゃん、寂しくなったらいつでも何時でも会いに来てね。」
香世は真子を抱きしめる。
「姉さん、ありがとう。姉さんに会えたから
花街から出られたんだ。
うち、これからしっかり勉強して里の家族を支えられる人になるよ。」
この小さな体1つで健気に、
遠く離れた家族の為頑張る真子を応援したい。
「じゃ、また明日ね。」
真子が手を振って送り出してくれる。
香世は正臣の車の助手席に座り真子に手を振る。
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