第11話 香世の思い

玄関でお見送りしながら考える。


今のは、何だったの?


頭をポンポンと撫ぜられた事に驚きを隠せない。

私の事は真子ちゃんと同じ子供だと思ってるのかしら?

 

多分…そうね……


妻になれとは言われたけれど、 

きっと揶揄っているだけなのね。


そう思う事で気持ちを立て直そうとする。


昨夜の事もあって、どうしても正臣様の近くにいると意識してしまう。

ドキドキと高鳴る胸を抑える事も上手く出来無いでいた。


「香世姉さん、うち、自分の名前書いてみたい。」

ぴょんぴょん跳ねながら真子ちゃんが言ってくる。


とても嬉しそうで私も嬉しくなる。


早速部屋に戻って、タマキさんに鉛筆と紙を貰う。

真子ちゃんの名前を大きめに平仮名で書いてみる。


「うわー!!」

と言って真子ちゃんが喜ぶ。


隣に真似て書くように言うと、一生懸命に書き出す。

鉛筆の持ち方や角度を直してあげると、

それだけで喜んでくれるから、

教え甲斐のある良い生徒だった。


午前中は真子ちゃんに平仮名や数字の書き方を教えて過ごす。


「小学校では他に何を学ぶの?」

無邪気に真子ちゃんが聞いてくる。


「音楽や、運動なんかもやるよ。後はそろばんも教えてくれるよ。」


「うち、音楽がいい。どんな歌を習うの?」


「尋常小学校で初めに習ったのは、『ちょうちょ』とか『桜』とかだったかな。」


「どんな歌?」


「さくら〜さくら〜今宵の空に〜」

歌詞を平仮名で書きながら歌う。


真子ちゃんに歌詞を教えながら一緒に歌う。


幼い弟の龍一を思い出す。

弟と一緒に歌った日の事を…

随分と前の様に思えてしまうから寂しくなってしまう。


「私にもね。今年尋常小学校に入る弟がいるの。同じ小学校だと良いね。」


「そうなんだ。なんて名前の子?

学校行ったら探してみるよ。」

真子が嬉しそうに訪ねてくる。


「樋口龍一って名前なの。

背は小さい方だけと元気な子よ。

人見知りだからお友達が出来るか心配なの。」


「じゃあ、うちが同じ学級だったらお友達になってあげるね。」


「本当?それは心強いわ。

龍ちゃんも『桜』の歌が大好きだったの。

1人でも歌ってくれてると良いけど…。」


「龍ちゃんに会いたい?」


「それは、もちろん会いたいけど…、

家を出た身の私だから帰れる筈も無いし、

二階堂様が許さないわきっと。」


「うち、二階堂様嫌いじゃ無いよ。

笑わないからちょっと怖いけど、

あんなに綺麗な男人、見た事無いよ。

それに、うちを学校まで出してくれるなんて

そんな人なかなかいないよ。」


「そうね…。良い人だよね。」


「香世様、失礼致します。

旦那様がお戻りになられますので早めにお昼をお食べ下さい。その後お着物を着替えて頂きます。

真子様もお着替えをしましょう。」


タマキからそう言われるが香世は困ってしまう。


花街には以前の着物は不要だろうと、

今、着てる着物以外はもう1着しか持って来ていなかった。


真子ちゃんも私物の服は今のものしか無く、しかも既にたけが短くなっている。


「あの…、私達、着替えをそれほど多く持って来ていません。」


恥ずかしい事だが、隠しても仕方がないと、ありのままを話す。


「大丈夫です。

昨夜のうちに旦那様からとりあえずの着物を用意するように言われていましたから、

真子様はウチの娘のお古で申し訳ないのですが、

香世様のは奥様が着なくなった物がこちらに置いてありますので、そちらを。」


「…奥様…。」


「あっ!旦那様の母上ですよ。

旦那様は独り身ですのでご心配なさず。

おモテになられるのに、

そう言う事には不器用な方なんです。

だから、香世様が来てくださってとても嬉しいんですよ。」

タマキさんはにこりと笑って昼の準備をする。


「あの、私も手伝います。」

私も慌てて立ち上がる。


「香世様、旦那様からくれぐれも香世様には家事をさせないようにと言われています。

私達が怒られてしまいますから、

香世様はお座りになってお待ち下さい。」


そう言われてしまうと何も手出し出来ない。


どうした事かと真子ちゃんと目を合わせる。


「きっと、二階堂様は姉さんの事を気に入ってるんだよ。お嫁さんにしてくれるといいね。」

真子ちゃんがコソコソと耳打ちする。


「でも、私、二階堂様とは昨日初めて会ったばかりなの。」

困り顔で返事をする。


本当に分からない…


正臣様の言い方だと、

どこかで会っているようだけどまったく思い出せない。


あんなに綺麗なお顔の男性に会っていたら

きっと忘れないと思うのだけど…。


お昼を食べ少し休んでから、真子ちゃんと一緒に箪笥部屋へ行く。


今日着る着物は既に風通しされていて綺麗に広げられていた。


「姉さんの着物、桜だね!綺麗!!」


薄桃色の着物には桜の花びらが描かれていて、一目見てとても上等な物だと分かる。


真子ちゃんの着物も春らしく、薄い黄緑色に黄色いたんぽぽが描かれている。

「真子ちゃんの着物も可愛いね。」

真子が、嬉しそうに眺めている。


「先に真子ちゃんに着せてあげるね。」


「うち、こんな上等な着物着るの初めて。」

帯も煌びやかな金糸の蝶が飛んでいる。


「本当に綺麗な着物ね。」


私は丁寧に真子ちゃんに着付けていく。


嬉しそうに真子ちゃんは覚えたての『桜』の唄を歌う。


「失礼します。なんだか楽しそうですね。」

そう言ってタマキさんが入って来る。


「旦那様、お早くお帰りのようですからお手伝いさせて頂きます。」


私は急いで自分の着物を脱ぎ着替え始める。


タマキさんも真子ちゃんも一緒になって『桜』を歌い始めるから、私も楽しくなって着付けながらつい一緒に歌ってしまう。


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