第9話 けじめの後

 昔読んだ漫画にあったよな、「神様、どうか、このぼくに人殺しをさせてください……」と祈る場面が。俺も今同じ気分だよ。俺は一人で、乙羽を借金地獄に落とし、自殺に追い込んだクソ野郎、屋澤大介のボロアパートの前に来ている。道具は持ってきていない。衰弱気味の老人のようだし、締め落として殺す。空は今日も青く、午前の涼しい時間にさわやかな風が通り過ぎてゆく。

「ついてきたのかよ」

「ついてきちゃダメなの?」

 朝香さんがすぐ後ろにいる。

「頼むから俺にやらせてくれ」

「わかってる。私は万が一あんたが負けそうになった時助けるだけ」

「そんな事にはならないよ……」

 屋澤の部屋は二階か。インターフォンを押す。はい、とくぐもった声で返事が聞こえた。

「おはようございます。〇〇急便です。お届けものです」

 というと扉が開いた。問答無用に腹を思い切り殴る。屋澤が声を出しそうになるが、構わずもう一度腹を全力で打つ。男が跪き苦悶の表情を浮かべる。俺は男を部屋の中に突き飛ばし、扉を閉める。そして、膝を顔面に二発ほど入れる。男が小声でうぐっと言うので、思い切り拳でこめかみの部分を殴った。痛みに悶絶してのたうつ。俺は馬乗りになって屋澤の首を両手で絞める。意識を失わせるまでは柔道の練習や試合でやったことはあるが、もちろんそこまで。殺したことはない。力を抜くな。やらなければならないんだ……だが、次の瞬間、俺が意識を失ってしまった。


━━もういいよね、美由紀さん?


━━パパは本当に私の仇を討とうとしてくれた。だからもういいよ。


━━こいつは私が今から殺す。


 気付いた時は、ステップワゴンの運転席だった。はっと周りを見渡すと穏やかにほほ笑む朝香さんが隣にいる。俺は全てを悟った。

「首はタオルで拭いといたから。指紋は残ってない。何も心配いらないよ」

 俺は目頭をこすって、しきりに何度もうなずいた。でも……乙羽になんて言えば……。

「全部知ってるよ。そういう能力も持ってるのよ彼女。パパは私の仇を本当に取ろうとしてくれたって喜んでたよ」

「そっか、そうなのか……そっか」

 俺は顔を両手で覆った。これでよかったのか……。

「それでさぁ、乙羽美由紀さんの事なんだけど」

 朝香さんがまじまじと俺の顔を見つめてくる。相変わらずこの人美人だよな、とか思いつつ、なんですか、と返事をした。

「子どもからやり直したいそうなのよ。急に大人になってさ、スマホの使い方もパソコンの使い方も知らないわけじゃん?それに、急に大人になったら、健康保険とかも利用出来ないわけでさ」

「ああ、なるほど、そりゃそうだ。実際の美幸はまだ二歳なわけで」

「という事で、お家に帰ったら元通り二歳に戻ってるらしいよ。恭香さんと今お話ししてる」

「ということは……復讐とかはもういいってことかな」

「取りあえず直接の復讐は果たしたわけだし……もうあとはあんたたち次第よ、あの子をしあわせに出来るかどうかは。だから子育てがんばるのよ」

「う、うん、メチャクチャがんばるぜ!! じゃあ帰りましょう」

 俺はこれでもかと勢いよく車を発進させたので、電柱に派手にぶつかってしまったのだった……。

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