第8話 俺がやる
しんしんと夜が更けてゆく。俺は眠れないので真っ暗なリビングで珍しくウイスキーを水割りで飲んでいる。飲んだって全く酔わない。隣の寝室からは物音一つ聞こえない。恭香と乙羽が並んで眠っているはずだ。あの後、俺たちは家に帰り、三人で恭香の作った特製きのこパスタを食べた。乙羽は無邪気な顔でぺろりとたいらげ、その後俺と恭香の馴れ初めを興味津々な顔で聞いてくるので、二人してああだった、こうだった、と照れ臭いながらに説明した。
「そう……それで私が産まれてきたのね」
と、乙羽は肩まで伸びている髪を指で触りながらつぶやいた。
「恋愛って、素敵なものなの?」
俺たちは顔を見合わせた。そして、同時に頷いた。
「もちろん。世界が変わるわ。希望に満ち溢れた素敵なものになるのよ。何でもない事すら素晴らしいものに思えるのよ」
乙羽は首をかしげた。そしてこういった。
「わたしも、してみたいな。でも、男は嫌い」
「男がみんなみんな嫌な奴ってわけじゃないわ。素敵な人もいるよ」
「そう、俺みたいな」
恭香はどうかな、という目でちろっと俺を見た。その表情がおかしかったのか、乙羽は声をあげて笑った。はじめて笑った顔を見たな、と俺は何となく安心した。
「ね、ママの若い頃が見たい。アルバムとかないの?」
あるわよ、と恭香がクローゼットを開けに行く。乙羽もついていく。そして、二人でリビングのじゅうたんに座って仲良く見はじめた。俺はお風呂に入るから、と場を外し、出てくると二人は隣室へと消えていた。そして、今に至る。朝香さんが今頃乙羽に借金を背負わせ、騙したクソ野郎の人定をしてくれているはずだ。そいつだけは……必ず俺が始末をする。と、強く拳を握りしめていると隣に朝香さんがやって来た。こともなげに椅子に座る。
「どこにいるか分かったよ。まだ生きてやがるよ」
「今何歳なのそいつ」
「66歳。一人寂しくアパートに独居してるな。昔は暴力団の末端構成員だったようだけど、所属してた組も潰れ、今は惨めな貧乏一人暮らし」
「一人なのはいいな。目撃者もいないし」
「あんたがやらなくていいよ。私がやる。こんなのその気になればすぐよ、すぐ」
「いや……俺じゃなきゃダメなんだ」
朝香さんは俺が言っている事の意味は分かったようだが、納得はいかないらしい。
「あんたがどうしてもやるというんなら場所は教えられないな」
「美幸のためなんだよ。約束したからな。お父さんが娘の仇を討つんだ」
朝香さんは天を仰いだ後、分かった、住所を教えるから、とだけ言った。俺は紙とペンを用意した。
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