第7話 無力な俺たちに出来ること……

 自動ドアの前に立ち、店舗の中に入ると、とても静かだ。受付には誰もいない。

「うわ……死んでるよこの男の子」

 朝香さんが覗き込む受付台の後ろに、首が180度曲がった若い男が口から血を流している。いかん、思った以上に本気だ、と思った瞬間、ぎゃあぁぁあぁあという絶叫が奥から聞こえた。

「行くよ!」

 と朝香さんが進んでいくが、恭香の体の震えが止まらない。俺は彼女の肩を抱いて、二人一組で進む。ソープランドだけあって、甘ったるいソープの匂いで充満している。廊下を進むと、また一人男性の店員が壁に顔を打ち付けて動かなくなっている。女性の悲鳴が店内に響き渡る。駄目だったか……乙羽に人を殺させてしまった。

「みゆきっ! やめろっ!」

 俺は力の限りの大声で叫んだ。うぎゃわああっ、という男性の悲鳴が聞こえてくる。一番奥の事務所に俺、朝香さんの順番で駆け込む。そこには……片手で頭の禿げた男性の首を掴んで持ち上げている乙羽がいた。次の瞬間、男は口から大量の血を吐く。

「こいつじゃない。こいつでもない」

 と乙羽はつぶやいて、男の体をすごい勢いで壁に投げつけた。ダンッ、と、ぐしゃっ、と言う音が同時に聞こえた。

「あなた美幸ちゃんなの?!」

 俺の後ろにいる恭香が震えながら問いただした。修羅だった乙羽の顔がみるみるほころぶ。

「ママ。どうしてここに来たの」

「やっぱりそうなのね! 美幸ちゃん、家に一緒に帰ろう! 大好きなきのこパスタ作ってあるんだよ。だから帰って一緒に食べようよ」

 乙羽の顔の表情が引きつる。いいぞ、葛藤している。

「美幸、もう帰ろう。これでもういいじゃないか。お前を本当に苦しめた奴は俺たちが調べあげてぶち殺してやるから。お前の復讐はこれで終わりにしよう」

「パパにはあのゴミクズどもがどこにいるのかわかるの?」

「分かる。すぐには無理だが、調べれば。そして、そいつは俺が殺す。お前の、最愛の娘の敵討ちをする」

 突然恭香が乙羽に駆け寄って抱きしめた。そしておいおい泣き出した。みゆきちゃん辛かったね苦しかったね、一人で寂しかったよね、でももう今は違うのよ、パパもママもいるの、あなた一人じゃないのよ、一人じゃないんだから!

 俺は乙羽の瞳に涙が浮かぶのを見た。そしてがばぁと二人に覆いかぶさるように抱きついた。それしか出来なかった。

「大変よ! サイレンの音が聞こえる。誰かが警察に通報したんだわ!」

 と朝香さんが叫んだ。

「逃げよう!」

 と俺はもう無理やりに乙羽と恭香の体ごと運ぶ勢いで部屋をにじり出た。乙羽は抵抗しない。三人ひとかたまりになって店を出た。しかし、もうすぐそこまでパトカーが来ているではないか。

「任せな。どっかに追いやってやる」

 と、朝香さんが消えてゆく。俺と恭香の二人で乙羽の両脇を抱えて車に向かう。全く抵抗しない。そのままステップワゴンの後部座席に押し込む。後ろから急ブレーキの音が聞こえた。朝香さんが上手くやってくれたのだろう。突如やってきた乙羽に吉広が驚きの表情を見せる。が、上手く行ったのだな、と分かったらしく、何も言わず、一番後ろの席に移動する。中列に並んで座った恭香はずっと乙羽の手を両手で握りしめて泣いている。乙羽は、放心したように何も言わない。俺は運転席に乗り込んだ。助手席に朝香さんが戻ってくる。

「帰ろう、みんなのお家に」

 そうしよう、と俺は返事して、ステップワゴンを急発進させた。

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