第4話 そんな事が……
吉広の家を出た後、俺は急ぎ足で家に向かっていた。季節は過ごしすい5月だが、余り早く歩いたので汗をかいてきた。まず、恭香と話をせねばならない。一体、朝香さんと美幸が話せばどうなるのか。というか、美幸には朝香さんは見えるのだろうか……などと考えていると、住んでいるマンションについた。入口のオートロックを解錠し、中に入ると、若い女性が前から歩いてくる。何気なく顔を見て、俺の足は止まった。止まるに決まっていた。鼓動が一気に早くなるのが分かる。歩いてきたのは……まさか……大人になった……。女性も足を止めた。その顔には一瞬の戸惑いが浮かんだ。が、次の瞬間、視線を逸らして、すれ違って去ろうとする。俺は必死に呼吸をしながら叫んだ。
「待って、待ってくれ!」
と思わず呼び止めた。
「あなたは……乙羽美由紀さんだね」
「パパ」
振り返った乙羽はニッコリとほほ笑んだ。間違いなく、まごうかたなく、この顔をさっきまでネットの画像で見ていた。可愛い……などと見当違いの事を一瞬思ってしまったが、すぐに思考を戻す。
「この子は乙羽美由紀よ」
横から朝香さんが声をかけてくる。途端に乙羽の表情が曇った。
「パパ、この女の人と知り合いなの? 幽霊の知り合いがいるなんて意外だね」
「あ、ああ。なんか過去の縁でね。というか……今からどこに行くんだ、美幸」
「パパは知らなくていいわ。……パパ、今日まで愛してくれてありがとう。わたし、しあわせだった。でも、もう終わりなの」
「終わりだなんて……これからも仲良くみんなで暮らしていけばいいじゃないの。復讐なんてやめなよ! それより、一人の女性としてのしあわせを求めればいいじゃない!」
乙羽の顔がみるみる紅潮していく。体の周りが揺らめいて見えだした。いかん、めちゃくちゃ怒ってる。
「お前なんか……お前なんかに私の怒りが分かるか。何のためにもう一度産まれてきたと思ってるんだ。消えろ!!」
突然乙羽の後ろから凄まじい突風が吹いてきた。俺は後ろに吹っ飛んだ。が、誰かに後ろから抱きしめられたので背中などは打たなかった。
「パパ……パパには何の恨みもないわ。もう行くから、探さないでね。さようなら」
という声が耳に入った。
「美幸……待ってくれ。行かないでくれ。パパは……お前に誰も殺してほしくない。誰かを殺してほしいなら、俺が代わりに殺してやる。お前には、普通の女の子としてしあわせに生きてほしい。だから……」
後ろから抱きしめられたまま、俺は思いのたけを精一杯乙羽に伝えた。そう、乙羽美由紀の生まれ変わりであっても、お前は俺の大事な娘、美幸なんだ。
「これは、わたしがすることなの」
この声を聞いた後、俺は目の前が暗くなり、何も分からなくなってしまった。
気が付くと、朝香さんが座り込んだ俺の顔を覗き込んでいる。見える景色から判断すると、まだマンション一階のエントランスにいる。
「美幸は……というか、朝香さんは大丈夫だったの」
「私は幽霊よ。あんな風なんかなんでもないわ。それより……乙羽美由紀が今どこにいるか、私の能力でも分からないの。気配というか、そういうのを消せるみたい」
俺は立ち上がって首を軽く振った。止めないといけない。
「俺は止める、美幸を。もうこれ以上誰も殺させない。あの子は、俺の可愛い一人娘なんだ」
「よく言った。そうだ、止めよう。どこへ向かったかは想像がつくよ。最後に勤務していたソープランドだと思う」
「……吉広ともう一度合流しよう」
俺はスマホを取り出して電話をかける。
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