第2話 密談
空が真っ青な5月の休日、俺はせかせかと歩いて、久しぶりに吉広のマンションにやって来た。このところは休暇の日は子育てに忙しくて特に誰とも遊んでいなかった。吉広の部屋の隅にはボクシンググローブが転がっている。あの「乙羽事件」以来、吉広は体を鍛える必要を痛感してボクシングジムに通い始めたのだった。どれぐらい強くなっているか分からないが、体は筋肉質になって、少しだけ自信があるような立ち振る舞いにはなった。
「どうだ。どう思う」
俺が見せたスマホの美幸の画像を穴が開くほど見ている吉広の顔が戸惑いに満ちていくのが分かる。
「う、うん……似ているかもしれない」
吉広は生唾を飲んで、ノートパソコンに表示した乙羽美由紀の顔と見比べる。
「いや……もう思い切っていうよ。瓜二つだよ。このまま成長したら間違いなくこの顔になると思う」
俺は天を仰いだ。一体どう考えたらいいんだ。
「おい、そう言えば朝香さんに最近会ってるか」
「いや、全く。もう三年ぐらい全く見てない」
俺もだ、とため息をつく。
「あそこ行ったら会えるのかな。名前なんだっけか」
「あー、あの廃ホテルか。なんだっけな。調べたら分かるけど……蓬生なんちゃら」
「これは大変ねぇ。輪廻転生ってやつかしらね」
吉広の後ろから突然声がして二人ともおったまげた。
「あ、朝香さん、えらいお久しぶりです」
「いいタイミングすぎません?」
朝香は白のシャツにチノパンというラフな格好で、やはり半透明だ。全然変わらない雰囲気なのは、幽霊は年を取らないからだろうか。
「何となく虫が知らせたのよね。で、来てみたらこれよ。美幸ちゃんっていうの? なんで同じ名前にしたの?」
俺は眉をひそめる。なんでって……嫁さんがミユキがいいって言ったんですよね、と歯切れ悪く説明する。
「その辺からもう導かれてるのか……。今2歳か。しゃべりだした?」
「はい、よくしゃべりますけど、まだカタコトぐらいです……」
朝香は吉広の横に座り込んでノートパソコンの乙羽をじっと見つめている。静かな時間が流れる。俺も吉広も何も言わないで久しぶりに会った朝香の顔を見つめていた。
「会ってみる。何とかして奥さんをどっかに出かけさせて。話を聞かせたくない」
俺は頷いたが、さてどうやって奥様だけを出かけさせるか考えたが、どうにも難しい。恭香は今は働かず、子育てに専念してもらっていて、ほとんど一心同体状態なのである。
「たまには映画でも見てショッピングして来い、とかなんとかいうのよ」
なるほど、と俺は手を打った。
「でも、会って何を話すのです?」
朝香が瞳を閉じて考え込む。
「考えておくわ。取りあえずできるだけ早い日に会いたい。というか今から取りあえず見るだけ見てくるわ」
俺たちは分かりました、と返事した。途端に朝香が立ち上がって消えた。俺も慌ててポケットにスマホをねじ込んで、じゃあ帰るから、と吉広家を後にした。
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