転生の果てに……
平山文人
第1話 娘の名を美幸にしたのは……
子どもの顔が出来上がってくるのはいつ頃だとか、そんな事はこれまで全く考えたことはなかった。そもそも俺には結婚願望自体あんまりなかったのだが、何となく成り行きで職場の同僚だった恭香と付き合ってそのままゴールインしてしまった。そのこと自体はとても良かったと思っていたりする。愛する人と過ごすことは素晴らしいことだと俺みたいなろくでなしでもしみじみ実感したものだ。そして、恭香が妊娠した時、二人ベッドに横たわって、こういう会話をしたのを今思いだしている。
「男の子かなあ、女の子かなぁ」
「女の子の気がするの。名前は……」
「名前は?」
「ミユキにしよう、ミユキ」
俺は深く考えないで、いいよ、じゃあ男だったら弁慶な、と言って笑われたのだが……。俺は今2歳になろうとしている美幸をリビングで抱っこして、その顔をまじまじと見ている。今日、今この瞬間に俺はある事に気づき、心臓の鼓動が三倍速ぐらいになってしまった。思わず振り返ったが、台所で料理をしている恭香は何も気づいていない。テレビでは軽快な車のCMが流れている。美幸は無邪気な顔でごはん食べる、などと言っている。俺はそんなに記憶力がいいほうではないが、人の顔は覚えているほうだ。恭香がお皿にハンバーグとポテトサラダを乗せてテーブルに持ってくる。似ていない……。美幸が産まれた時、お父さんである俺にも、お母さんである恭香にもあまり似ていないねぇなどといろんな人に言われたものだが、お互い全く気にしていなかった。赤ちゃんの顔なんてどんどん変わっていくよ、とおかんにも言われたし。
「あなたどうしたの? なんか変な顔してるよ」
「え? あ、ああ、それは元からだ」
なに言っているの、と笑いながら美幸を受け取り、椅子に座らせて前掛けをかける。俺も黙って自分の席について食べはじめたが、全く味がしない。お茶を飲もうとしたが、手元が狂って見事にひっくり返して盛大にこぼした。
「もう! 美幸じゃなくてあなたがこぼすわけ?!」
恭香が不機嫌になってダスターでテーブルを拭く。ごめんすまんと言って、俺あんまり食欲がないから、ちょっと調べものがあるから、とだけ言って、食事もそこそこにPCのある寝室へ向かう。残っているのだろうか……あの事件から5年。PCデスクに座り、検索バーに「乙羽美由紀」と入れてEnterキーを押す。そして画像検索をクリックする。そうだ、この顔だ……。何枚か並んだ女性の顔、改めてはっきりと思いだした。もう一度リビングに戻ると、二人はむしゃむしゃと美味しそうにお昼ご飯を食べておられる。俺は真剣なまなざしで美幸を見つめた。そっくりだ……乙羽美由紀に。一体これが何を意味するのか、俺の頭脳では処理しきれない。気づけば二人ともテーブルの前でUFO目撃者みたいな顔をしている俺を不思議そうに見つめている。そこで俺は
「安心してください。何もないですよ。HOY!」
と、体をくねくね動かして叫んだ。美幸はこれが大好きでいつも大笑いする。恭香は胡乱な目で俺を見つめていたが、また口を動かしはじめた。うまく誤魔化せたが、俺は全く落ち着かない。吉広に連絡せねばなるまい。俺は棚の上に置いているスマホに手を伸ばした。
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