林の日記

 九月十三日。

 樹里亜の帰りがいつもより遅かった。就職してからまだ一週間しか経っていないのに、深夜十二時を回るまで残業させるなんて。しかも二十五歳の女の子を。まさかブラック企業なのだろうか。


 九月十五日。

 今日も樹里亜の帰宅が遅かった。樹里亜は帰りにコンビニで買ってきたロング缶のお酒を三本も飲み干してから、眠りについていた。かなりストレスがたまっているらしい。

 前に勤めていた会社は、樹里亜の過去を知る同僚からの嫌がらせによって辞めてしまった。今回の会社にもそういう不届き者がいるのだろうか。俺が守ってあげないと。


 九月十六日。

 今日は樹里亜は休みらしい。久しぶりにたっぷり睡眠がとれて気分がいいらしく、鼻歌まで歌っている。

 昼過ぎに樹里亜の彼氏がやってきた。茶髪の軽そうな男だ。どうせ樹里亜の身体が目当てなのだ。樹里亜の過去を知れば逃げ出すに決まっている。

 樹里亜があんな男と仲良くしているのは見ていられない。今日は外で飯を食べよう。


 九月二十日。

 樹里亜が泣いていた。どうやらあの彼氏に振られたらしい。かわいそうに。でも君のためにしたことなんだ。君の過去を知って逃げ出すような男は、樹里亜にはふさわしくない。

 どうかわかってくれ、樹里亜。樹里亜の外見だけじゃなく、中身も過去もすべてを包みこんであげられる人間は、樹里亜のすぐそばにいることに。


 九月二十三日。

 樹里亜が友人と電話をしていた。どうやら明日、二人で遊園地に行くらしい。あの男と別れてからはじめて、樹里亜の笑顔を見た気がする。やはり樹里亜には笑顔が似合う。

 しゃべり疲れたのか、樹里亜はお風呂にも入らずに眠ってしまった。掛け布団をかけていないので、無防備な太腿がカメラに映っている。

 彼女の肌に触れられたら、どんなに幸せだろう。樹里亜、愛している。


 九月二十四日。

 なぜあの女が樹里亜の部屋に? 馬鹿な、そんなはずはない。有り得ない有り得ない有り得ない。俺の目がおかしくなったのか?


 九月二十五日。

 樹里亜が帰ってきた。あの女が部屋に入ってきたことを言うべきだろうか。駄目だ、そんなことをしたらカメラの存在がバレてしまう。


 九月三十日。

 樹里亜の様子がおかしい。しきりに爪を噛んでイライラしている様子だ。会社も休んだらしい。心配だ。


 ※十月一日から十一月二日までの日常を記録したページは破り取られている。


 十一月三日。

 女は今日も部屋にいる。部屋の中は真っ暗だ。じっと座っていたかと思えば、突然立ち上がってぶつぶつ言いながら部屋の中を歩き回る。女が奇声を発した。獣の警戒音のようで何を言っているのか聞き取れなかった。また口の中で何かつぶやきながら部屋の中を歩き回る。


 十一月七日。

 女は今日も部屋にいる。頭を爪でガリガリ掻きつづけている。女の髪の毛は抜け落ちて、血にぬれた地肌が露出している。女の腕には乾いた血が鱗のように、へばりついている。とても人間の姿とは思えない不気味な風貌だ。


 十一月十日。

 女は今日も部屋にいる。動き回ることは少なくなった。ただじっと部屋の隅に座っている。真っ暗な部屋の中で目だけをぎらぎら光らせながら、うずくまっている様はまさに狂気そのものだ。いや、それを見続けている俺も狂っているのか。見なければいいのに見ることをやめられない。


 十一月十一日。

 女は今日も部屋にいる。


 十一月十二日。

 女は今日も部屋にいる。


 ※これ以降(十一月十三日から十二月二十五日までの間)、同じ記述が続く。


 十二月二十六日。

 女がまた死んだ。俺も死ぬことにする。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る