第5話 髪乾かすの上手いよな

「ただいま…………」

「おかえりなさいませ………ってなんかすごいボロボロじゃないのよ」

「あ、ああ。練習がハードでな」

 普段の練習であれば、そこまできついことはしない。ましてや平日の練習だ。明日のことを踏まえて監督はハードな練習はしない。

 しかし、それにも関わらずにハードな練習になったのは理由がある。

 土曜日に行われた他校との練習試合の内容があまりにも悪かったせいだ。

 投手が打ち込まれたとか、打者が相手投手を崩せなかったとかはある。

 でも、そんなことで練習はハードにならない。

 守備が酷かったのだ。

 ボールが飛べば、エラーが頻発。互いの声掛けもなかったからそれによって線手同士の連携が取れない。アウトにできるものもできていなかった。

 俺自身も何回かエラーをしてしまっていた。普段なら確実に処理できる打球を処理できていなかった。

 全員の怠慢に近いプレーの応酬に監督の堪忍袋の尾が切れてしまったのだ。

 月曜日から始まったハードな練習の日々。

 4日目となれば、流石に疲れも溜まってきてボロボロになってくる。

「荷物は限界に置いてていいから、とにかくお風呂に入ってきなさいよ」

 心配そうな目でつばめはそう言った。

「そうさせてもらう………」

 風呂に入らないと疲労が取れそうにない。

 なんら今すぐにでも寝たいところだ。

「お風呂に入ったら寝そうだな」

「寝ないでよ。命に関わるんだから」

「その時は助けに来てくれ」

「それは冗談で言ってるの?」

「本気で言ってる。それだけ体力の限界なんだよ」

「もしそうなったら全力で引き上げてあげるから」

「頼むわ」

 持っていた荷物を限界に置いてそのまま俺は風呂場へと向かう。

「あ、着替え………」

「私が持っていくわよ。いつものことでしょ」

「そうだけど、下着系はな………」

「適当に持って言ってあげるわよ!」

「それはセクハラにならないか?無理にはさせないぞ。着替えを取りにいく力ぐらいあるからさ」

「疲労困憊の主人にそんなことさせるわけないでしょうが。いいから早く行ってきなさい」

 つばめに背中を押される形で俺は脱衣所に放り込まれた。

 いつもならもう少し綺麗に服を脱ぐけどそんな余裕なく、下着だけいつも通りにしてあとは脱ぎ捨てる形で俺は風呂に入った。

 髪も体も手荒く洗って、すぐに湯船に入った。

「ああ……………気持ちいい………」

 全身がお湯によって温められていく。それによって疲労で凝り固まっている体がほぐされていく感覚がわかる。

 全身から体の力が抜けていく。

 ダメだな、これ。確実に寝てしまう。

 ご飯もあるけど、今日は食べないで寝ようかな。

 今すぐにでも眠たいという欲求が襲いかかってきている。

 この状態で寝たらどれだけ気持ちいいんだろうな。

 どんどんまぶたが重たくなってくる。

 落ちないようにしているものの、まぶたが重力に従って落ちてきている。

 これダメなやつだな。

「着替え持ってきたわよ」

 脱衣所の方からつばめの声が聞こえてきた。

「おお……………ありがとう…………」

「寝てない?」

「寝てない…………ぞ」

「寝そうじゃないのよ。上がってきたら?」

「そうしたいのは山々だけどな…………」

「寝るなら自分のベッドで寝さないよ」

「そうだな………そうする」

 俺は落ちていっている自分の体に鞭を打って湯船から立ち上がった。

「え、あ、ちょっといきなり出てくる気⁉︎」

「だって出ろって言われたから……」

「私がまだいるでしょう⁉︎」

「あ、そっか」

 全裸状態の俺がこのまま脱衣所に行ったら、つばめに俺の全裸を見せてしまうことになる。 

 それこそ明確なセクハラ行為だ。

 疲労のせいか思考力も鈍っていた。

「私が出てから出てきてよ」

「わかった」

 つばめが脱衣所を出たのを確かめてから俺もお風呂から出た。

 いつも通りに着替えが置かれており、下の方にはちゃんと下着もあった。


「上がった?」

「上がったぞ」

「ご飯食べる?」

「そうだな…………」

「今すぐにでも寝たいって顔ね」

「気持ち的にはそっちの方が圧倒的に勝ってる」

「じゃあ。ご飯は後で食べたい時に温めて食べて」

「了解」

「じゃあ、俺は寝るよ」

「ちょっと待って」

「どうした?」

「その前に髪。乾かさないと」

「いつも乾かしていないぞ」

「いつもは自然乾燥させるだけの時間があったからいいけど、今日は乾かないうちに寝るのは良くないの」

「そうなのか?」

「そうなの。だから乾かしてから寝なさい」

「……………」

「何?」

「俺、髪の乾かし方わからないんだけど」

「ドライヤーを使ったらできるわよ」

「ドライヤーを使ったことがない」

「本気で言ってるの?」

「マジだ」

 つばめみたいに髪が長くもないし、今時の美容男子のような意識もないから風呂から上がった時は自然乾燥で髪を乾かしてきた。

 母親が髪を乾かしている様は何度も見ているが、だからと言って自分が自分の髪を乾かすことはできない。

 何よりその気力がない。あったら眠気とも戦っていない。

「頼むよ」

 申し訳なさはあるが、つばめにやってもらわないとできない。

「わかった。乾かしてあげる」

「ありがとう」

 脱衣所からドライヤーを持ってきてくれて、俺の髪を乾かし始めた。

 手つきはかなりてなされている感じがする。優しく髪を撫でながらも、濡れている箇所にドライヤーの風を当てていく。

 散髪してくれた時もしてもらっているが、なんかそれとは違う。

 散髪の時は男の人にやってもらっているから、どこか荒っぽさとか、力が強い感じがするけど、つばめのはなんか優しさとか丁寧さを感じる。

 女の子だからか、ドライヤーの使い方は慣れっこなんだろう。

 髪撫でられるのがなんか気持ちいい。

 そして座っているから眠気がさらに襲いかかってくる。

「寝てる?」

「まだ寝てない」

「嘘つかないでよ。首が落ちそうになってた」

「やっぱりわかるか」

「わかるわよ」

「ただでさえ眠たいのに、つばめが髪を乾かしてくれているのが気持ちいいからさらに眠たくなってくるんだ」

「それは褒めていると捉えていいの?それとも文句?」

「褒めてるんだよ」

 人を気持ち良くして眠くさせるのはエステやマッサージの部類からな。

 文句を言うはずがない。

「………髪乾かす慣れてるよな」

「毎日してたら慣れるわよ。ドライヤー本当に使ったことないの?」

「ないな………髪短いし」

「短くたって使ってもいいのよ」

「必要だと思っていないから」

「今時は男子だってそういうのをする時代なのよ」

「そうなんだろうけど、俺はそういうのが疎いんだよ」

「それはみてたらわかる」

「あと、中学の時は坊主にされていたから、そういうのに縁なかったし」

「そういえばそうだったね。中学校に入ってからなぜか坊主になってた」

「野球部は坊主にするっていうのが暗黙のルールだったからな」

「おかしなルールよね」

「大分そういうのもなくなってきてるんだけどな。うちの高校はそんなルールない……」

「でも野球部といえば坊主頭っていうイメージは拭えないわね」

「固定観念として定着しちゃったからな……」

「もう少しで終わるから。寝ないでね」

「わかった………」

 寝ないでよと言われるが、気持ちいいからどうしても眠たくなってくる。

 風呂に入っていた時とはまた違う気持ちよさ。それに加えて心地よさもある。

 これがさらに俺の眠気を増大させてくる。

「はい。終わったわよ」

「ありがとう」

「いえいえ。風邪をひかないようにするためのことをする。これもメイドの仕事でしょうし」

「そうか」

「これから毎日乾かしてあげてもいいけど…………?」

「そうだな………そうしたらやってもらおうかな」

 気持ちよかったからな。つばめの負担にならないのならやってほしい。

「わかったわ。仕事のある時はしてあげる」

「ありがとう。じゃあ、俺寝るから。つばめも帰っていいから」

「ええ。そうする。ゆっくり休んで」

「ああ。おやすみ」

「おやすみなさい」

 就寝の挨拶をして俺は自室のベッドに潜り込んで眠りについた。

 髪を乾かしてもらったからか、疲れているのに眠っていて心地よさがあった。

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