第4話 ホシのカナタへ

 大学を卒業し、いったん地元へ。

 自宅へ帰ることになった。

 その頃には十二歳になったソラが待っていた。


 てんかんになっても一緒に遊ぶことはあった。

 タオルを引っ張り合ったり、ボールを拾ってきたり。

 辛い思いをさせているのに、ソラは嫌な顔をした様子もなく遊ぶ。

 それが唯一の救いだった。


 僕が僕でいられるたった一つの自慢かもしれない。


 僕が自宅に戻ってから二年。

 ソラは旅だった。

 もう苦痛なんてないのかもしれない。

 でも僕はソラを忘れることなんてできなかった。

 賢い子だった。

 人も犬も大好きな子だった。


 当時の僕はお金もなく、五千円する共同墓地に送ることもできなかった。

 ソラは最後に何を思ったのだろうか。

 不出来な飼い主に恨み言の一つもあったんじゃないか。

 放っておいた僕をどう思っていたのか。

 それはたぶん、誰にも分からないこと。


 心のどこかに大きな穴が空いた気持ちだった。

 この比喩表現を自分が体現することになる日が来るとは思ってもみなかった。

 ただの作り話と笑い飛ばすことが今ではできない。


 寂しさと悲しみと、後悔。

 僕はソラを失ったことで、どう考えて行けばいいのかも分からなくなった。


『ペットなんて飼うから』


 兄ならそう言ったかもしれない。

 兄は最後の最後まで犬を飼うことを反対していた。

 お金がないから。

 面倒だから。


 今の僕もペットを飼うことへの意味を失ってしまった。

 可愛がりたい。

 それは本当にあると思う。

 でも僕には飼う資格なんてなかったのかもしれない。

 飼い主の器ではなかったのかもしれない。


 ただ一緒にいてくれれば、それで良かったのに……。




 ソラの向こう。ジェット気流の先に星々がある。

 その星のカナタにソラは行ってしまった。


 自分よりも下にはいない。隣を見ると「なんで僕だけ」と思ってしまう。

 だから常に上を向こうと思った。

 ジェット気流よりも上、ソラよりも上。その先にある星々まで。


 でもたまに思う。

 僕は過去を忘れたがっていないか? と。


 過去の苦しみをなかったことにしてはいけない。

 それも含めて自分なのだから。


 不甲斐ない自分を分からせてくれるのだから。


 僕はどこで間違えたのだろう。


 あのとき、もしもあのとき。

 事故を、安楽死を、そもそも飼うことを止めていたら?

 願っても無駄だと知りつつも、僕はまた考えている。


 どこまで行けば満足できるのか分からない。

 答えなんてないのかもしれない。


 それでも僕は答えを求めている。


 ホシのカナタに、道は続いている。

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ホシのカナタへ。 夕日ゆうや @PT03wing

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